故事成語一覧【意味付き84語】由来・出典つき|ことわざ・四字熟語との違いも
「五十歩百歩」「漁夫の利」「蛇足」のように、中国の古典に出てくる話をもとに生まれた言葉が故事成語です。この記事では、学校のテストや中学受験、日常でよく出る故事成語84語を、読み・意味・もとになった話(由来)・出典・使い方の例つきで五十音順にまとめました。「意味を隠す」ボタンを押せば、赤シートのように暗記チェックもできます。
目次
故事成語とは?ことわざ・慣用句・四字熟語との違い
故事成語とは、昔の出来事や古い書物の話(故事)をもとにできた言葉のことです。「矛盾」は、どんな盾も突き通す矛とどんな矛も防ぐ盾を売った男の話から生まれました。言葉の中に話が入っているので、由来を知ると意味が忘れにくくなります。
| 種類 | ひとことで言うと | 例 |
|---|---|---|
| 故事成語 | 昔の話・古典がもとになった言葉。形は四字熟語・ことわざ・慣用句のどれもある | 矛盾・蛇足・五十歩百歩 |
| ことわざ | 教訓や知恵を短い文で言い表した言葉 | 猿も木から落ちる |
| 慣用句 | 2つ以上の言葉が合わさって、特別な意味を表す言葉 | 手を焼く |
| 四字熟語 | 漢字4文字でできた熟語 | 四面楚歌・一石二鳥 |
つまり、故事成語は「もとの話があるかどうか」で分けた呼び名です。「漁夫の利」のようにことわざとして扱われるもの、「背水の陣」のように慣用句として使うもの、「四面楚歌」のように四字熟語の形をとるものがあります。このため、辞書や教材によってことわざ・慣用句・四字熟語と二重に分類されている語があることも覚えておきましょう。
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あ行の故事成語(4語)
| 故事成語 | 意味 | もとになった話・使い方 |
|---|---|---|
| 圧巻あっかん | 全体の中で最もすぐれた部分。もとは書物の中で最もすぐれた詩文のこと。 | 「巻」は昔の中国の官吏登用試験の答案のこと。最優等者の答案を他の答案の一番上に載せたことから生まれた語。北宋時代の『潜渓詩眼』にすでに使われている。出典:『潜渓詩眼』例:文化祭の最後に歌った合唱は、まさに圧巻だった。 |
| 一敗地に塗れるいっぱいちにまみれる | 二度と立ち上がれないほど、徹底的に打ち負かされること。 | 『史記』高祖本紀の話。紀元前3世紀の終わり、秦の圧政に反乱が起き、沛の人々が劉邦を首領にと願った。劉邦は能力のない自分では一敗地に塗れると断ったが、のち首領となり漢王朝を開いた。出典:『史記』例:決勝で一敗地に塗れ、チームはしばらく立ち直れなかった。 |
| 井の中の蛙、大海を知らずいのなかのかわずたいかいをしらず | 狭い知識にとらわれ、広い世界があることを知らないたとえ。 | 『荘子』秋水に「井戸の中のカエルは海について語れない」という一節がある。同じ書には、井戸のカエルが東海のカメに井戸の良さを語り、海の広さを聞いて呆然とした話もある。出典:『荘子』別の言い方:井の中の蛙、井底の蛙、井蛙例:県大会一位でも、井の中の蛙、大海を知らずと痛感した。 |
| 烏合の衆うごうのしゅう | 規律も統一もなく、ただ寄り集まった人々のこと。 | 一世紀の初め、後漢王朝が成立する直前の混乱の時代に、あちこちで武器を手に立ち上がった農民たちを『後漢書』は「烏合の衆」と呼んだ。カラスの群れのような集団という意味。出典:『後漢書』別の言い方:烏集の衆例:練習不足で集まっただけのチームは、烏合の衆と言われても仕方ない。 |
か行の故事成語(28語)
| 故事成語 | 意味 | もとになった話・使い方 |
|---|---|---|
| 隗より始めよかいよりはじめよ | 大きなことは、言い出した人が身近なことから始めよという教え。 | 中国の戦国時代、燕の昭王が賢者の用い方を郭隗に尋ねた。郭隗は、まず凡庸な自分を重く用いれば、自分より優れた人物が自然に集まると答えた。出典:『戦国策』別の言い方:まず隗より始めよ例:ごみ拾いを広めたいなら、隗より始めよで、まず自分が拾おう。 |
| 火中の栗を拾うかちゅうのくりをひろう | 他人のために、危険を承知で損な役目を引き受けること。 | 十七世紀フランスの詩人ラ・フォンテーヌの寓話から。猿におだてられた猫が暖炉の栗を拾い、猿はその栗を食べてしまう話。出典:『寓話』注意:本来は言いくるめられて他人のために危険を冒す意味で、自分から進んで危険を冒す意味は後から生まれた用法。例:けんかの仲裁に入るのは、火中の栗を拾うようなものだ。 |
| 渇しても盗泉の水を飲まずかっしてもとうせんのみずをのまず | どんなに困っていても、不正なことには手を出さないということ。 | 3〜4世紀の中国の詩人、陸機の「猛虎行」冒頭の一節。盗泉は、孔子が名を嫌って飲まなかったと伝わる泉。陸機は、仕えた国が滅ぼされ敵方に仕える心情を詠んだとされる。出典:陸機の詩「猛虎行」別の言い方:渇しても盗泉の水をくらわず例:テストが不安でも、渇しても盗泉の水を飲まずの気持ちでカンニングはしない。 |
| 鼎の軽重を問うかなえのけいちょうをとう | 人の実力を疑い、その地位から落とそうとすること。 | 紀元前606年、楚の荘王は異民族を破った勢いで周の都近くまで軍を進め、王位の象徴である九鼎の大小・軽重を尋ねた。周囲に強く反対され、企ては未遂に終わった。出典:『春秋左氏伝』注意:「軽重」を「けいじゅう」と読むのは誤り。別の言い方:鼎の軽重を論ずる例:初めて主将になった彼の実力に、鼎の軽重を問う声が上がった。 |
| 肝胆相照らすかんたんあいてらす | たがいに心の底を打ち明けて、親しくつき合うこと。 | 『西京雑記』の話。秦が滅びたとき、人の体の中を映す鏡が宝物庫で見つかった。始皇帝はこれで女官の胆や心臓の動きを見て、動揺した者を殺したという。「胆を照らす」の表現が生まれ、真心を指す「肝胆」と結びついたと考えられる。出典:『西京雑記』例:同じ部活で三年間すごした二人は、肝胆相照らす仲だ。 |
| 汗馬の労かんばのろう | 戦場での手柄。また、物事をまとめるために走り回る苦労。 | 春秋時代の中国、長い亡命のあと晋の君主になった文公は、従った家臣への褒美の基準を問われた。仁義や人徳による貢献を第一とし、戦場で汗馬の労があった者をその次とした。出典:『史記』例:文化祭が成功したのは、先生方の汗馬の労のおかげです。 |
| 管鮑の交わりかんぽうのまじわり | 非常に仲のよい、深い友人づきあいのたとえ。 | 紀元前七世紀の春秋時代、斉の国の管仲と鮑叔牙は友人だった。管仲が商売で分け前を多く取っても、鮑叔牙は責めなかった。のち鮑叔牙の推薦で、管仲は宰相になった。出典:『史記』・『列子』別の言い方:管鮑例:小学校からの親友とは、管鮑の交わりと言えるほど信じ合っている。 |
| 木に縁りて魚を求むきによりてうおをもとむ | やり方をまちがえると、何も得られないことのたとえ。 | 斉の国の王に会った孟子は、覇者になりたいという王の心の内を見抜いた。戦争で望みをかなえようとするのは木に登って魚を捕まえるようなものだと述べ、仁政の大切さを説いた。出典:『孟子』例:この勉強法は木に縁りて魚を求むようなもので、成績は上がらない。 |
| 九牛の一毛きゅうぎゅうのいちもう | 多数の中のごくわずかな部分で、取るに足りないこと。 | 前漢時代の歴史家の司馬遷は、皇帝の怒りを買って極刑を宣告された。歴史書を完成させるため死刑でなく宮刑を選び、『史記』が後世に残った。死刑でも世間への影響は小さいと振り返った。出典:『漢書』・『文選』例:全体の予算から見れば、この出費は九牛の一毛にすぎない。 |
| 牛耳を執るぎゅうじをとる | 団体の中心となって、思いどおりに物事を動かすこと。 | 中国の春秋時代、諸国が同盟を結ぶとき、盟主となる者が牛の耳を裂き、皆でその血をすすって誓い合ったという。『春秋左氏伝』には、誰が牛耳を執るかが問題となった話がある。出典:『春秋左氏伝』別の言い方:牛耳を握る、牛耳る例:彼は入学一年目から、クラスの牛耳を執っている。 |
| 牛刀を以て鶏を割くぎゅうとうをもってにわとりをさく | 小さなことを処理するのに、大げさな手段を用いるたとえ。 | 『論語』陽貨の「鶏を割くのに牛刀を用いる必要があろうか」という一節による。小さな鶏を割くのに、牛を切る大きな包丁を使うことから。出典:『論語』別の言い方:鶏を割くになんぞ牛刀を用いん、牛刀割鶏例:掃除当番表を作るのに専用ソフトを買うなんて、牛刀割鶏だよ。 |
| 漁夫の利ぎょふのり | 他人の争いに乗じて、苦労せず利益を得ること。 | 紀元前4世紀の中国戦国時代、趙が燕を攻めようとした。ある人が趙王にシギとハマグリの争いの話をして、思いとどまらせた。争う間に漁師が両方を捕らえたという故事。出典:『戦国策』別の言い方:鷸蚌の争い例:ふたりがけんかしている間に、ほかの子がおやつを取り、漁夫の利を得た。 |
| 唇亡びて歯寒しくちびるほろびてはさむし | 互いに助け合う関係の一方が滅びると、他方も危うくなるたとえ。 | 紀元前七世紀、大国の晋が小国の虢を攻めるため、小国の虞に軍隊の通過を求めた。虞の大臣は反対したが君主は通過を許し、虢も虞も晋に滅ぼされた。出典:『春秋左氏伝』別の言い方:唇つきて歯寒し、唇やぶれて歯寒し、唇亡歯寒例:となりの班が負けると次は自分たちだ。唇亡歯寒の思いで応援した。 |
| 苦肉の策くにくのさく | 敵をだますため自分を苦しめる計略で、転じて苦しまぎれの手立て。 | 『三国志演義』の話。赤壁の戦いで、孫権軍の周瑜は黄蓋を棒打ち100回の刑にした。黄蓋は曹操軍に寝返ったが、それは周瑜の作戦で、火を放って曹操軍の船を焼き、連合軍が大勝した。出典:『三国志演義』別の言い方:苦肉の計、苦肉の謀、反間苦肉の計例:お金が足りず、苦肉の策として文化祭の出し物を劇に変えた。 |
| 国破れて山河在りくにやぶれてさんがあり | 戦で国は荒れても、山や川は昔のまま変わらないということ。 | 唐の杜甫の詩「春望」の冒頭。安禄山の反乱(755年)のあと、反乱軍の支配下にあった都で作られたとされる。戦乱で国が荒れたことを嘆くことば。出典:杜甫「春望」別の言い方:国破れて山河あり例:戦争の跡を訪ね、国破れて山河在りという言葉を思い出した。 |
| 君子豹変くんしはひょうへんす | 立派な人は、過ちを改めてはっきりと善に移るということ。 | 『易経』革卦の「君子豹変、小人革面」による。豹の毛が抜け替わって模様が変わるように、人格者が過ちをいさぎよく改めることのたとえ。出典:『易経』注意:今は、節操なく変わり身が早いことの意味でも使われる。別の言い方:君子は豹変す例:間違いに気づいた校長先生は君子豹変、すぐに決まりを改めた。 |
| 愚公山を移すぐこうやまをうつす | 怠らず努力すれば、どんな大きなことも成し遂げられるということ。 | 『列子』湯問篇による。九十歳近い愚公が通行の妨げになる山を崩し始め、無理だと言われても子孫が続ければ完成すると答えた。その決意を知った神が山を別の場所へ移した。出典:『列子』例:毎日こつこつ練習を続け、愚公山を移すの言葉どおり目標を達成した。 |
| 鶏群の一鶴けいぐんのいっかく | 凡人の中に一人だけいる、優れた人のたとえ。 | 三世紀、西晋の時代の中国の話。文人の嵆紹を、ある人が「鶏の群れの中の鶴のようだ」と評した。彼の父はさらにすごい人物だったという。出典:『世説新語』・『晋書』例:全校で最も足が速い彼は、まさに鶏群の一鶴だった。 |
| 鶏口となるとも牛後となるなかれけいこうとなるともぎゅうごとなるなかれ | 大きな集団の下につくより、小さな集団でも長になるほうがよい。 | 『戦国策』韓策の話。紀元前4世紀の戦国時代、秦が強まる中、蘇秦は六国が同盟して秦に対抗すべきだと各国の王を説いた。韓の王が渋ると、蘇秦はこの言葉で小国の長となるほうがよいと諭した。出典:『戦国策』別の言い方:鶏口牛後例:鶏口となるとも牛後となるなかれと言うし、小さい部でも部長を目指したい。 |
| 蛍雪の功けいせつのこう | 苦労して勉強に励んだ成果。また、苦学すること。 | 中国の東晋の車胤は貧しく、夏に蛍を袋に集め、その光で本を読んだ。同じく貧しい孫康は、冬に雪明かりで本を読んだ。二人とも出世したとされる。出典:『蒙求』・『晋書』別の言い方:蛍雪の学び、蛍雪の勤め、蛍窓雪案例:毎晩の努力が実り、蛍雪の功で志望校に合格した。 |
| 鶏肋けいろく | たいして役に立たないが、捨てるには惜しいもの。 | 三世紀、後漢の末期、曹操は劉備の蜀を攻めるか迷っていた。曹操が「鶏肋」とつぶやくと、部下の楊修が意味を解き、軍を引き返すつもりだと説明した。出典:『後漢書』例:使わなくなった古い参考書は、鶏肋のようで捨てられない。 |
| 犬馬の労けんばのろう | 目上の人や他人のために力を尽くすことを、へりくだっていう言葉。 | 中国で、主君に対して自分の苦労をへりくだって示す表現として使われた。後漢末期の武将、曹操が皇帝に出した文書に「犬馬の微労有りと雖も」とある。その後、曹操は後漢の実権を握り、子の代に魏を創始した。例:先輩のために、犬馬の労をいとわず文化祭の準備を手伝った。 |
| 嚆矢こうし | 物事のはじまり。何かの先がけとなるもの。 | 嚆矢とは、射ると音を立てるかぶら矢のこと。昔の中国では、戦いの初めに敵陣へこの矢を射たことから、物事の初めの意味になった。出典:『荘子』例:先生の研究は、この分野の嚆矢となった大切なものだ。 |
| 狡兎死して走狗烹らるこうとししてそうくにらる | 敵が滅びると、功績のあった者は用済みとして殺されるというたとえ。 | 春秋時代、越の范蠡は王を補佐して宿敵の呉を滅ぼした後、越を去った。越王がいずれ自分を邪魔に感じると考えたため。出典は『史記』越世家とされる。出典:『史記』別の言い方:狡兎死して良狗烹らる、狡兎尽きて良犬烹らる例:大会が終わると、活躍した助っ人は用済みとされ、狡兎死して走狗烹らるだと感じた。 |
| 黄粱の夢こうりょうのゆめ | 人の富や名誉が、とてもはかなく短いことのたとえ。 | 『枕中記』に出てくる盧生が、粟飯が炊けるほどの短い間に見た夢の故事による。この夢のように、富や名誉ははかないというたとえになった。出典:『枕中記』別の言い方:一炊の夢例:大会で優勝した栄光も、黄粱の夢のようにはかなく過ぎ去った。 |
| 胡蝶の夢こちょうのゆめ | 夢と現実の区別がつかないこと。また、人生のはかなさのたとえ。 | 中国の思想家、荘子が、蝶になった夢を見た。目覚めたあと、自分が蝶の夢を見ていたのか、蝶が自分の夢を見ているのか分からなくなったという。『荘子』斉物論篇に見える話。出典:『荘子』別の言い方:蝴蝶の夢、荘周の夢例:昼寝から覚めて、今のは胡蝶の夢のようだとぼんやり思った。 |
| 呉下の阿蒙ごかのあもう | 昔のままで進歩のない人物。学問のないつまらない人物。 | 呉の武将の呂蒙は武芸にすぐれていたが、教養は乏しかった。主君に諭されて学問に励み、のちに再会した魯粛が変化に驚いて「呉下の阿蒙に非ず」と言った。出典:『江表伝』別の言い方:呉下の旧阿蒙、旧阿蒙例:三年ぶりに会った彼はもう呉下の阿蒙ではなく、すっかり成長していた。 |
| 五十歩百歩ごじっぽひゃっぽ | 少しの違いはあっても、結局は同じようなものであること。 | 梁の王が、善政をしても人が集まらない理由を孟子に尋ねた。孟子は、五十歩逃げた兵が百歩逃げた兵を笑う話にたとえ、王の政治も他国と少し違うだけだと諭した。出典:『孟子』注意:マイナスの意味合いで使うため、不用意に使うと相手をけなしてしまうことがある。別の言い方:五十歩を以て百歩を笑う例:ぼくの1点差と君の2点差なんて、五十歩百歩だよ。 |
さ行の故事成語(19語)
| 故事成語 | 意味 | もとになった話・使い方 |
|---|---|---|
| 塞翁が馬さいおうがうま | 人生の幸不幸は予測できないというたとえ。 | 中国北辺の塞に住む老人の馬が胡の地へ逃げたが、数か月後に胡の駿馬を連れて帰った。老人の子はその馬から落ちて足を折ったが、そのおかげで兵役を免れ命が助かった。出典:『淮南子』別の言い方:人間万事塞翁が馬例:受験に失敗したが別の学校で出会いがあり、塞翁が馬だと思った。 |
| 先んずれば人を制すさきんずればひとをせいす | 人より先に行えば、有利な立場に立てるという教え。 | 『史記』項羽紀に出る殷通の言葉。秦への反乱が各地で起きたとき、殷通は実力者の項梁に相談を持ちかけたが、逆に項梁にだまし討ちにされ軍隊を奪われた。出典:『史記』別の言い方:先んずる時は人を制す例:先んずれば人を制すというので、ぼくは朝一番に練習を始めた。 |
| 左袒さたん | 味方すること。賛成すること。 | 『史記』呂后本紀の話。前漢の劉邦の死後、呂氏一族が実権を握り天下を奪おうとした。周勃が兵に「劉氏の味方は左袒せよ」と呼びかけると全員が左袒し、呂氏は滅びて前漢は続いた。出典:『史記』注意:「左担」と書くのは誤り。例:学級会の討論で、ぼくは最後まで班長の意見に左袒した。 |
| 三顧の礼さんこのれい | 地位のある人が、礼を尽くして人に仕事を頼むこと。 | 後漢末、根拠地のなかった劉備が、諸葛亮を補佐役に迎えるため、その家を何度も訪ねた。諸葛亮は「前出師表」でそのことを振り返っている。出典:『前出師表』別の言い方:三顧、草廬三顧、三顧の恩例:校長先生は三顧の礼をもって、有名な先生を講師に迎えた。 |
| 三舎を避けるさんしゃをさける | 相手を恐れて出会うのを避けること。また、一目置くこと。 | 紀元前7世紀、春秋時代の中国で、国を追われた晋の重耳は、楚の君主にもてなされた。戦場で出会ったら君を避けること三舎と答え、のち晋の君主となって約束を守り、楚軍を破った。出典:『春秋左氏伝』別の言い方:三舎を譲る例:彼の将棋の腕前には、大人も三舎を避けるほどだ。 |
| 三人言いて虎を成すさんにんいいてとらをなす | 事実でなくても、多くの人が言えば本当だと思われるたとえ。 | 『戦国策』魏策の話。戦国時代の魏で、人質の王子に付き添う大臣が王に「市に虎が出たと三人が言えば信じるか」と問うた。王は信じるかもと答え、大臣は自分の悪口も同じだと忠告したが、帰国後は王に会えなかった。出典:『戦国策』別の言い方:三人虎を成す、三人市虎を成す、市に虎あり例:根も葉もない話でも、三人言いて虎を成すで、みんなが信じてしまった。 |
| 鹿を逐う者は山を見ずしかをおうものはやまをみず | 一つのことに夢中になり、周りに目が届かなくなるたとえ。 | 『淮南子』の「獣を逐う者は、目に太山を見ず」が元とされる。獣を追う人には大きな山も目に入らないという意味。「中原に鹿を逐う」と混同され、今の形になったと思われる。出典:『淮南子』別の言い方:鹿を逐う猟師は山を見ず、鹿を追う者は山を見ず例:鹿を追う者は山を見ずで、ゲームに夢中になり宿題を忘れた。 |
| 守株しゅしゅ | 古い習慣にとらわれて、状況に応じた対応ができないこと。 | 昔、宋の農夫が、兎が木の切り株にぶつかって死ぬのを見た。仕事をやめて切り株の番をして暮らしたが、兎は捕れず、国じゅうの笑い者になった。出典:『韓非子』別の言い方:株を守りて兎を待つ、株守例:前回うまくいった方法だけに頼るのは、守株にすぎない。 |
| 春宵一刻値千金しゅんしょういっこくあたいせんきん | 春の夜のひとときは、千金にも代えがたいほど趣深いということ。 | 北宋の文人、蘇軾の詩「春夜」の一節。原文は「春宵一刻、直千金」で、続けて「花に清香有り月に陰有り」とある。「千金」は非常に価値があることのたとえ。出典:蘇軾の詩「春夜」例:桜の香る静かな夜、春宵一刻値千金だなと思いながら窓の外を眺めた。 |
| 小人閑居して不善をなすしょうじんかんきょしてふぜんをなす | つまらない人物は、暇ができると悪いことをしがちだということ。 | 『礼記』大学の一節による。小人(品性の卑しい人)が暇で悪事をする一方、君子は一人でいても行いに気をつける、と対比されている。出典:『礼記』例:暇な放課後につい悪ふざけをして、小人閑居して不善をなすだと反省した。 |
| 食指が動くしょくしがうごく | ほしい、やりたいという気持ちが起こること。 | 紀元前605年、中国の鄭の子公は、霊公を訪ねる途中で食指が動いた。霊公がスッポンのスープを食べさせなかったため、子公は鍋に指を入れてなめて去り、お家騒動の末に霊公が命を落とした。出典:『春秋左氏伝』注意:「食指をそそられる」は本来の言い方ではない。別の言い方:食指を動かす、食指を伸ばす例:新発売のゲームの広告を見て、思わず食指が動いた。 |
| 助長じょちょう | 成長させようと無理に手助けして、かえって害を与えること。 | 紀元前四世紀ごろ、中国の宋の国で、苗が伸びないのを心配した人が苗を引っ張って伸ばそうとした。家で「苗を助けて長ぜしめた」と言ったが、子どもが見に行くと苗は枯れていた。出典:『孟子』注意:単に「成長を手助けする」意味で使う例もあるが、元の話の要点は苗を枯らした点にあるため、害を与える意味で使うのが適当とされる。例:先回りして世話をしすぎると、子どもの甘えを助長してしまう。 |
| 人事を尽くして天命を待つじんじをつくしててんめいをまつ | 人間にできることはすべてやり、あとは運命にまかせること。 | 4世紀の東晋で、将軍の謝安が攻めてきた異民族の大軍を撃退した。『読史管見』の著者の胡寅は、その戦いぶりを「人事を尽くして天命に聴(まか)す」と評した。出典:『読史管見』別の言い方:人事を尽くして天命に委せる、人事を尽くして天命に聴す例:受験に向けてやるだけやった。あとは人事を尽くして天命を待つだけだ。 |
| 水魚の交わりすいぎょのまじわり | 水と魚のように切り離せない、ごく親しい付き合い。 | 後漢の末期、劉備は田舎に隠れていた諸葛亮を補佐役に迎えた。家臣たちが不満を持つと、「魚に水があるようなものだ」と述べて収めた。出典:『三国志』別の言い方:水魚の思い例:二人は幼い頃から水魚の交わりを結び、何でも話し合ってきた。 |
| 青天の霹靂せいてんのへきれき | 思いがけなく起こる大事件のたとえ。 | 晴れ渡った空に突然起こる雷の意。十一世紀、北宋の時代から中国の詩で使われ、もとは詩文の力強さのたとえだった。のちに突発的な大事件のたとえとなった。出典:陸游「九月四日鶏未鳴起作」注意:「晴天の霹靂」と書くのを誤りとする辞典もある。例:転校するという知らせは、ぼくには青天の霹靂だった。 |
| 先鞭をつけるせんべんをつける | 人より先にものごとに取りかかること。 | 三〜四世紀、西晋の武将の劉琨は、負けん気が強かった。ライバルの祖逖が従軍すると聞き、先に出陣されることを恐れて、友人への手紙に「吾に先んじて鞭を著く」と悔しさを記した。出典:『晋書』例:この町でごみ減らしの活動に先鞭をつけたのは、小学生だった。 |
| 千慮の一失せんりょのいっしつ | よく考えたのに防げなかった、たった一つの失敗。 | 『史記』淮陰侯伝に出る話。紀元前2世紀末、漢の韓信が敵の広武君を捕らえて教えを求めた。広武君は「智者にも千慮に必ず一失有り」と答えた。出典:『史記』注意:「浅慮の一失」と書くのは誤り。別の言い方:智者にも千慮の一失例:何度も確かめたのに名前を書き忘れたのは、千慮の一失だった。 |
| 糟糠の妻そうこうのつま | 貧しいころから連れ添い、苦労を共にしてきた妻のこと。 | 宋弘伝の話。後漢の光武帝は、夫を亡くした姉を大臣の宋弘と再婚させようと離婚をほのめかした。宋弘は「糟糠の妻は堂より下さず」と答え、帝はあきらめた。出典:『後漢書』別の言い方:糟粕の妻、糟糠の妻は堂より下さず例:彼は、苦しい下積みの時代を支えた糟糠の妻に感謝している。 |
| 備えあれば憂いなしそなえあればうれいなし | ふだんから準備しておけば、何が起きても心配しなくてよい。 | 『書経』の一節に由来する。紀元前14世紀ごろの中国で、殷の武丁に補佐役の傅説が王の心がけを説き、「備え有れば患い無し」と述べた。出典:『書経』例:備えあれば憂いなしと言うので、雨の日用に折りたたみ傘を持ち歩く。 |
た行の故事成語(9語)
| 故事成語 | 意味 | もとになった話・使い方 |
|---|---|---|
| 他山の石たざんのいし | 他人のつまらない言動も、自分の行いの参考にできるというたとえ。 | 『詩経』の「他山之石、以て玉を攻(みが)くべし」から。よその山の質の悪い石でも玉をみがく役に立つことから、他人の言動も自分を高める助けになるという。出典:『詩経』注意:他人のよい行動から学ぶ場合に使うのは本来は誤用。ただし最近はよく見られる使い方。別の言い方:他山の石以て玉を攻むべし例:友達の失敗を他山の石として、ぼくは準備を早めに始めた。 |
| 蛇足だそく | 余分で、なくてもよいむだなもののたとえ。 | 楚の国で、酒を賭けて蛇の絵を早く描く競争をした。最初に描き終えた者が、蛇に足まで描き加えたため、負けて酒を飲めなかったという。『戦国策』斉策に見える話。出典:『戦国策』別の言い方:蛇を画いて足を添う、蛇の為に足を画く例:説明文の最後の一文は蛇足だったので、消したらすっきりした。 |
| 断機の戒めだんきのいましめ | 学問を途中でやめてはいけないという教え。 | 孟子が学業の途中で家に帰ると、機を織っていた母は織りかけの糸を断ち切った。学業をやめるのは織りかけを切るのと同じだと戒め、孟子を学業に戻したという。出典:『列女伝』別の言い方:孟母断機の戒め、孟母断機の教え例:断機の戒めを胸に、宿題を途中でやめず最後までやりとげた。 |
| 断腸の思いだんちょうのおもい | はらわたがちぎれるほど、悲しくつらい思い。 | 四世紀、東晋の武将桓温が蜀へ向かい長江をさかのぼっていた。三峡で兵士が子猿を捕らえると、母猿が岸伝いに追って船に飛び込み、息絶えた。腹を裂くと、はらわたはずたずたに断たれていた。出典:『世説新語』例:転校していく親友を見送るのは、断腸の思いだった。 |
| 長幼の序ちょうようのじょ | 年上の人と年下の人の間で守るべき順序や秩序。 | 『孟子』滕文公上にある、守るべき五つの人間関係の一つ。ほかは父子の親愛、君臣の忠義、夫婦の役割の違い、友人の信頼。年齢による順序があることをいう。出典:『孟子』例:決まりがなくても、長幼の序を守り、年上の人に敬意をはらう。 |
| 登竜門とうりゅうもん | 出世につながる、むずかしい関門のたとえ。 | 竜門は中国の黄河の中流にある急流で、登りきった鯉は竜になるという言い伝えがある。『後漢書』では、政治家の李膺と親しくなった者を「竜門を登る」と呼んだ。出典:『後漢書』例:このコンクールは、作家として世に出るための登竜門だ。 |
| 蟷螂の斧とうろうのおの | 弱いものが、身のほどを知らずに強い相手に向かうこと。 | 紀元前6世紀ごろ、中国の春秋時代、衛の国での話。太子の守り役になった人物が、賢者の蘧伯玉に相談した。蘧伯玉はカマキリが腕を怒らせて車輪に立ち向かうようなものだと述べ、相手に合わせるよう諭した。出典:『荘子』別の言い方:蟷螂が斧、蟷螂が斧を以て隆車に向かう例:相手は全国優勝校で、今の僕たちが勝負を挑むのは蟷螂の斧だ。 |
| 同病相憐れむどうびょうあいあわれむ | 同じ苦しみをもつ者どうしは、思いやる心を起こすということ。 | 春秋時代の中国で、楚から呉へ逃れた伍子胥は、あとから逃げてきた伯嚭を受け入れた理由を問われた。古い歌の「同病相憐れみ、同憂相救う」を引き、楚に恨みをもつ者どうしだからと答えた。出典:『呉越春秋』別の言い方:同病相哀れむ例:二人とも補習を受けていて、同病相憐れむ気持ちで励まし合った。 |
| 怒髪天を衝くどはつてんをつく | 激しく怒っているようすのたとえ。 | 紀元前3世紀、中国の戦国時代、趙の家臣の藺相如が、宝石と領地の交換を求めて秦の都へ行った。領地を渡す気がないと見抜き、宝石を取り戻して柱を背に秦王を脅した。出典:『史記』別の言い方:怒髪冠を衝く例:からかわれて、兄は怒髪天を衝く勢いで部屋を出ていった。 |
な行の故事成語(3語)
| 故事成語 | 意味 | もとになった話・使い方 |
|---|---|---|
| 泣いて馬謖を斬るないてばしょくをきる | 規律を守るため、かわいがる者でも違反すれば厳しく罰すること。 | 二二八年、三国時代の蜀の諸葛亮は、魏との決戦で腹心の馬謖を先陣に抜擢した。馬謖が命令に従わず蜀軍は大敗したため、諸葛亮は涙を流して馬謖を罰した。出典:『三国志』別の言い方:涙を揮って馬謖を斬る例:部長として、泣いて馬謖を斬る思いで友人に退部を告げた。 |
| 鳴かず飛ばずなかずとばず | 長い間、何の活躍もできないでいること。 | 紀元前七世紀の中国、楚の荘王は即位後三年、まともに政務を行わなかった。ある家臣が「三年飛ばず鳴かず、何の鳥か」と謎をかけると、荘王は政務に励むようになった。出典:『史記』別の言い方:三年飛ばず鳴かず例:入部して一年、鳴かず飛ばずだったが、ついに初めて試合に出た。 |
| 南柯の夢なんかのゆめ | 夢のように、はかないこと。人生のはかなさのたとえ。 | 唐の淳于棼は酔って槐の木の下で眠り、夢で大槐安国へ行った。南柯郡の長官になり二〇年栄えたが、目覚めると木の下には蟻の穴があった。出典:『南柯太守伝』・『南柯記』別の言い方:南柯の一夢、槐夢、槐安の夢、南柯一夢例:初戦で負け、全国大会に出る夢は南柯一夢となった。 |
は行の故事成語(16語)
| 故事成語 | 意味 | もとになった話・使い方 |
|---|---|---|
| 背水の陣はいすいのじん | 逃げ場がないと覚悟して、物事に取り組むこと。 | 紀元前二〇四年、漢の名将の韓信は趙の軍と戦うとき、わざと川を背に陣を敷いた。兵に退路がないと覚悟させ、敵を破ったとされる。出典:『史記』例:背水の陣で臨んだ最後の大会で、見事に自己ベストを出した。 |
| 破鏡はきょう | 夫婦が離縁すること。割れた鏡のこともいう。 | 『神異経』の話。離れて暮らす夫婦が鏡を割って一片ずつ持った。妻が別の男性と関係を持つと、妻の持つ鏡の半分がカササギになって夫のもとへ飛び、夫は妻の浮気を知った。出典:『神異経』例:ドラマでは、仲の良かった夫婦が破鏡に至る場面が描かれていた。 |
| 白眼視はくがんし | 冷たい目つきで見ること。冷たく扱うこと。 | 三世紀、三国時代の中国の文人の阮籍は、青い目と白い目を使い分けた。訪ねてきた嵆喜は白い目で迎えたが、弟の嵆康が酒と琴を持って来ると、喜んで青い目を見せた。出典:『晋書』別の言い方:白い目で見る例:約束を破った彼は、クラスのみんなから白眼視された。 |
| 白眉はくび | 多くの中で、いちばんすぐれた人や物のこと。 | 『三国志』にある話。三世紀初め、後漢の末の中国で、馬氏の五人兄弟はみな優秀だった。なかでも眉に白い毛のある長男の馬良が最も優れていると評判で、「白眉最も良し」と言われた。出典:『三国志』例:この絵は、今回の展覧会の中でも白眉と言える作品だ。 |
| 破竹の勢いはちくのいきおい | ものごとが、おさえきれないほど猛烈な勢いで進むこと。 | 『晋書』杜預伝の話。280年、西晋の軍が呉に攻め込んだ際、多くの指揮官は疫病を恐れて撤退を唱えたが、杜預は「譬えば破竹の如し」と攻撃の継続を主張し、晋は呉を滅ぼした。出典:『晋書』別の言い方:勢い破竹のごとし、破竹の進撃例:新入生のチームは破竹の勢いで勝ち進み、県大会で優勝した。 |
| 馬脚を現すばきゃくをあらわす | 包み隠していた悪いことが、ばれてしまうこと。 | 馬の足を務める役者が、うっかり姿を見せてしまうことからとされる。元の時代の中国の劇「包待制陳州糶米」には、悪事をした人物が「馬脚の露出する」ことを恐れる一節がある。出典:『包待制陳州糶米』例:いい子のふりをしていたが、うそがばれて馬脚を現した。 |
| 莫逆の友ばくげきのとも | 心から打ち解け合える、気心の通じた親友。 | 『荘子』の大宗師にある話。四人が語り合い、死と生は一体だとわかっている者と友になりたいと話した。互いを見て笑い、心に逆らうことがなかったので友になったという。出典:『荘子』別の言い方:莫逆の交わり、莫逆の契り例:小学校からの莫逆の友と、同じ中学へ進めて心強い。 |
| 万緑叢中紅一点ばんりょくそうちゅうこういってん | 多くの男性の中に、ひとりだけ女性がいることのたとえ。 | 王安石の詩「詠柘榴詩」から。あたり一面の新緑の中に、赤い花が一輪だけ咲いている様子を表した。出典:王安石「詠柘榴詩」別の言い方:紅一点、一点紅例:サッカー部は男子ばかりで、彼女は万緑叢中紅一点の存在だ。 |
| 顰みに倣うひそみにならう | よしあしを考えず人まねをすること。へりくだって人にならうときにも使う。 | 中国の春秋時代、越の美女の西施が、病気で顔をしかめた。近所の醜い女がそれを美しいと思ってまねをすると、人々は避けたという。『荘子』天運に見える故事とされる。出典:『荘子』注意:「顰みに習う」と書くのは誤り。別の言い方:顰に倣う、ひそみを学ぶ例:先輩の顰みに倣って、わたしも毎日復習をするようにした。 |
| 髀肉の嘆ひにくのたん | 力を発揮する機会がないまま、時が過ぎるのを嘆くこと。 | 三世紀初め、劉備は曹操に敗れ、豪族の劉表のもとに身を寄せていた。ある日、自分の太ももに肉がついたのに気づいて涙を流し、戦場を駆けることなく年月が過ぎるのを悲しんだ。出典:『三国志』・『九州春秋』別の言い方:脾肉の嘆、髀裏に肉生ず例:試合に出られない髀肉の嘆をかこち、毎日黙々と練習した。 |
| 百年河清を俟つひゃくねんかせいをまつ | いくら待っても、確かなことは期待できないということ。 | 紀元前565年、春秋時代に、楚に攻められた小国の鄭は、降伏するか晋の援軍を待つか議論した。降伏派の人物が古い詩を引き、晋が助けてくれる見込みはないと述べたため、鄭は楚に降伏した。出典:『春秋左氏伝』別の言い方:百年河清を待つ例:返事を待つだけでは百年河清を俟つようなものだから、自分から連絡しよう。 |
| 風樹の嘆ふうじゅのたん | 親孝行をしたいときには、親がもういない、という嘆き。 | 紀元前五世紀の初め、孔子は旅の途中、道ばたで泣く人に会った。その人は「木は静かにしたくても風が止まず、子が養いたくても親は待たない」と答えたという。出典:『韓詩外伝』別の言い方:風木の嘆、風木の悲しみ、風樹の悲しみ例:祖母が元気なうちに感謝を伝えたい。風樹の嘆は味わいたくない。 |
| 舟に刻して剣を求むふねにこくしてけんをもとむ | 時代が変わったのに気づかず、古いしきたりを守ることのたとえ。 | 『呂氏春秋』にある話。舟で川を渡っていた人が剣を川に落とし、舟のへりに刻み目を付けて「ここで落とした」とした。舟が止まってから潜って探したが、舟は動いていて見つからなかった。出典:『呂氏春秋』別の言い方:刻舟求剣、刻舟、剣を落として船を刻む、船端に刻を付けて刀を尋ねる例:去年と同じ作戦で挑むのは、舟に刻して剣を求むようなものだ。 |
| 刎頸の交わりふんけいのまじわり | 生死を共にするほど親しい、深い友情のたとえ。 | 紀元前三世紀、趙の藺相如は外交で活躍し、将軍廉頗より高い地位を得た。廉頗は不満だったが、藺相如は国のため争いを避けた。廉頗は恥じて謝罪し、二人は刎頸の交わりを結んだ。出典:『史記』別の言い方:刎頸例:ライバルだった二人は、今では刎頸の交わりと呼べる仲だ。 |
| 臍をかむほぞをかむ | 終わったことを後悔するたとえ。 | 紀元前688年、中国の春秋時代、小国の鄧は通りかかった大国の楚の王を手厚くもてなした。家臣は楚王を殺すよう勧めて「後に君、臍を噬まん」と警告したが聞き入れられず、鄧は楚に滅ぼされた。出典:『春秋左氏伝』別の言い方:臍を嚙む例:もっと早く勉強しておけばと、テストの結果を見て臍をかんだ。 |
| 墨守ぼくしゅ | 自分の考えや古い習慣をかたく守って、変えないこと。 | 戦国時代、公輸盤が作った雲梯を使い、楚王が宋を攻めようとした。墨子が楚王を説得し、公輸盤との模擬戦で九回とも勝って、城を守りきれることを示した。出典:『墨子』別の言い方:旧套墨守例:昔からのやり方を墨守するだけでは、新しい企画は生まれないよ。 |
ま行の故事成語(1語)
| 故事成語 | 意味 | もとになった話・使い方 |
|---|---|---|
| 矛盾むじゅん | 物事の前後が食い違い、つじつまが合わないこと。 | 『韓非子』の故事による。楚の国で、矛と盾を売る商人が、どちらも最強だと宣伝した。ある人に「その矛でその盾を突いたらどうなるか」と問われ、答えに詰まった。出典:『韓非子』別の言い方:矛楯例:「宿題をやる気がある」と言いながらゲームをするのは矛盾している。 |
や行の故事成語(1語)
| 故事成語 | 意味 | もとになった話・使い方 |
|---|---|---|
| 柳は緑花は紅やなぎはみどりはなはくれない | 自然のありのままの姿のこと。また、春の美しい景色のこと。 | 北宋の僧、酒仙遇賢の詩に「春来たれば柳は緑、花は紅なり」とある。蘇軾の「柳緑花紅真面目」は、これを踏まえた可能性がある。出典:『五灯会元』例:春の校庭は、柳は緑花は紅という言葉どおりの美しい景色だった。 |
ら行の故事成語(3語)
| 故事成語 | 意味 | もとになった話・使い方 |
|---|---|---|
| 洛陽の紙価を高めるらくようのしかをたかめる | 書物の評判がよく、たくさん売れることのたとえ。 | 『晋書』にある話。三世紀の西晋の文人左思が、十年かけて「三都の賦」を書いた。名文とほめられると人々が競って書き写し、紙の需要が増えて洛陽の紙が高くなった。出典:『晋書』注意:「市価を高める」と書くのは誤り。例:その小説は洛陽の紙価を高めるほどの人気で、書店で品切れが続いた。 |
| 梁上の君子りょうじょうのくんし | どろぼうのこと。また、ねずみのこと。 | 『後漢書』陳寔伝の話。二世紀の後漢で、公正で知られた陳寔の家に入った泥棒が棟木の上に隠れた。陳寔は子どもたちに説教して「梁上の君子はこれだ」と言い、泥棒は降りて謝り、物を与えられて帰された。出典:『後漢書』別の言い方:梁上公例:夜中に天井裏で音がして、梁上の君子はネズミだったと分かった。 |
| 老馬の智ろうばのち | 経験豊富な老人の知恵のたとえ。 | 中国の春秋時代、紀元前7世紀の斉の桓公が、戦からの帰路で道に迷った。大臣の管仲が「老馬の智、用いるべきなり」と述べ、老馬に先導させたところ、一行は帰り道を見つけた。出典:『韓非子』別の言い方:老馬道を忘れず例:道に迷ったとき、祖父の老馬の智のおかげで無事に帰ることができた。 |
故事成語の覚え方
故事成語は、意味だけを丸暗記するより、もとの話とセットで覚えると定着します。「蛇足」なら、蛇の絵に足を描き足して負けた話。話の場面を思い浮かべれば、「よけいなもの」という意味が自然に出てきます。この記事の「もとになった話」の列を声に出して読んでから、赤シートモードで意味だけを隠して確かめてみてください。
語の数が多いので、いちどに全部覚えようとせず、五十音の1行ずつ進めるのがおすすめです。書いて覚えたい人は、ページ下のプリントも使ってみてください。


