
【過去問一問一答】中学社会歴史でよく出る問題(飛鳥時代)入試、定期テスト対策
📌 この記事でわかること
- ・全国の公立高校入試問題(社会)5,150件を分析
- ・飛鳥時代が出題される割合は、歴史分野の中で3.8%
- ・分析結果から類似問題144件を作成
- ・類似問題を解いて、定期テスト対策・入試対策に差をつけよう!
当サイトでは、全国の公立高校入試過去問を独自にデータベース化し、社会科における5,150件もの知識項目を徹底的に分析しています。その膨大なデータの中で、これから学習する「飛鳥時代」は歴史分野全体の3.8%を占める重要単元であることが判明しました。
この時代に関する総分析問題数は144問にのぼりますが、その中で最も頻出するテーマ第1位は、全体の10%を占める十七条の憲法です。実に17もの都道府県で出題されており、入試突破には欠かせない最重要キーワードと言えます。
受験勉強において、限られた時間で効率よく得点を伸ばすためには「どこが出るのか」を把握することが最短ルートです。データが示す「狙われやすいポイント」を意識しながら、飛鳥時代のドラマチックな変革を学んでいきましょう。この単元の攻略が、歴史全体の得点力を大きく引き上げる鍵となります。
📚 科目別の知識項目数(社会 全5,150件)
| 科目 | 過去に出題された件数 | 出題率 | |
|---|---|---|---|
| 地理 | 1,762 件 | 34.2% | |
| ▶ 歴史 | 1,713 件 | 33.3% | |
| 公民 | 1,571 件 | 30.5% |
📖 歴史の単元別 知識項目数(歴史内での割合・全21単元)
| 単元 | 過去に出題された件数 | 出題率 | |
|---|---|---|---|
| 江戸時代 | 249 件 | 14.5% | |
| 明治時代 | 205 件 | 12% | |
| 昭和時代(戦後) | 166 件 | 9.7% | |
| 鎌倉時代 | 136 件 | 7.9% | |
| 大正時代 | 128 件 | 7.5% | |
| 室町時代 | 109 件 | 6.4% | |
| 平安時代 | 108 件 | 6.3% | |
| 奈良時代 | 97 件 | 5.7% | |
| 昭和時代(戦前) | 89 件 | 5.2% | |
| 安土桃山時代 | 79 件 | 4.6% | |
| 明治維新 | 78 件 | 4.6% | |
| 幕末・開国 | 69 件 | 4% | |
| ▶ 飛鳥時代 | 65 件 | 3.8% | |
| 弥生時代 | 27 件 | 1.6% | |
| 平成・現代 | 26 件 | 1.5% | |
| 人類の出現と文明 | 26 件 | 1.5% | |
| 戦国時代 | 25 件 | 1.5% | |
| 古墳時代 | 20 件 | 1.2% | |
| 縄文時代 | 8 件 | 0.5% | |
| 国際連合 | 2 件 | 0.1% | |
| 基本的人権 | 1 件 | 0.1% |
📊 出題傾向分析(飛鳥時代)
分析した知識項目(社会)
5,150 件
歴史内での占有率
3.8 %
出題都道府県数
17 都道府県
🏆 頻出テーマランキング
🥇 十七条の憲法15問(10%)
🥈 冠位十二階9問(6%)
🥉 飛鳥文化8問(6%)
4位 遣隋使の派遣7問(5%)
5位 天武天皇7問(5%)
📍 出題都道府県(全期間)
埼玉県福島県茨城県栃木県和歌山県熊本県秋田県宮城県大分県群馬県岩手県山形県北海道長野県鹿児島県沖縄県青森県
📅 直近3年の出題県
福島県(2024)秋田県(2024)和歌山県(2024)大分県(2024)長野県(2024)岩手県(2024)
5,150件の入試問題を徹底分析した結果、飛鳥時代の出題率は全体の3.8%と決して高くはありません。しかし、出る場所が極端に集中している「超・高効率単元」であるのが特徴です。
まず、データが示す圧倒的な頻出トピックを押さえましょう。最優先は**十七条の憲法**(15問)です。次いで**冠位十二階**(9問)、そして日本初の仏教文化である**飛鳥文化**(8問)がTop3を独占しています。これらはいずれも、聖徳太子(厩戸王)が進めた「天皇中心の国づくり」という文脈でセットで出題される傾向にあります。
特に注意してほしいのが、直近の2024年度入試において、**福島県**、**秋田県**、**和歌山県**、**大分県**、**長野県**と、全国の広範囲で出題が相次いでいる点です。この流れは、歴史の大きな転換点として飛鳥時代が再評価されている証拠であり、来年度の受験生にとっても避けては通れない「要注意単元」と言えます。
合格を勝ち取るための戦略は、単なる用語の暗記を卒業し、「なぜその政策が行われたのか」という背景を理解することにあります。
例えば、**冠位十二階**は単に「位を授ける制度」ではなく、「家柄にとらわれず才能ある人材を登用する」という目的を理解していなければ記述問題で太刀打ちできません。また、**十七条の憲法**は「役人の心得」であることを押さえ、**小野妹子**を派遣した**遣隋使**の目的が「大陸の進んだ制度を学び、対等な外交を行うこと」であったというストーリーを繋げてください。
この時代のキーワードは「中央集権化」です。**法隆寺**に代表される**飛鳥文化**も、仏教の力を借りて国をまとめようとした動きの一つです。バラバラの知識を「天皇中心の国づくり」という一つの軸で串刺しにすること。それが、飛鳥時代を確実に得点源にする最短ルートです。
目次
【飛鳥時代】一問一答チェックリスト(全問144問)
最終更新日:2026/03/02
埼玉県公立高校入試(2018)類似
天智天皇(中大兄皇子)の政策
Q1
天智天皇が「庚午年籍(こうごねんじゃく)」と呼ばれる日本で最初の全国的な戸籍を作成した最大の目的は、どのような点にありましたか。当時の社会背景を踏まえて、最も適切な理由を選びなさい。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
全国の人民の名前や住所を把握することで、公平に土地を分け与えるとともに、兵役や税を確実に課すための基礎とするため。
大化の改新から始まった「公地公民」の原則を具体化するためには、政府が直接人民を把握する必要がありました。天智天皇が作成した庚午年籍は、人民に口分田を与えて耕作させ(班田収授)、代わりに税(租・庸・調)や兵役(防人など)を課すための台帳として機能しました。特に当時の日本は唐や新羅の脅威にさらされていたため、兵力を確保するための人民把握は急務でした。
福島県公立高校入試(2023)類似
百済
Q2
663年の白村江の戦いにおいて、日本が百済の復興を支援したものの唐・新羅の連合軍に敗北した出来事は、その後の日本の国家づくりに大きな影響を与えました。この敗戦を受けた当時の日本の対応として、最も適切な説明はどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
唐や新羅の侵攻を恐れ、大宰府の北側に水城を築き、各地に山城を作って防衛を強化した。
白村江の戦いでの敗北は、日本列島への直接侵攻の危機を招きました。中大兄皇子は防衛の拠点として九州に大宰府を整備し、その守りとして水城や大野城などの城を築きました。また、都を内陸の近江大津宮(滋賀県)へ移すとともに、全国的な戸籍の作成(庚午年籍)を進めるなど、中央集権的な国家体制の構築を急ぐきっかけとなりました。
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口分田
Q3
大化の改新から始まる律令制度のもとでは、戸籍に基づいて人々に土地を分け与える仕組みが整えられました。この仕組みにおいて、土地が与えられる対象となる年齢と、その土地が返還されるタイミングの組み合わせとして正しいものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
6歳以上になったときに与えられ、本人が死亡したときに国へ返還された。
律令制度における「班田収授の法(班田収授法)」の説明です。この制度では、6歳以上のすべての人々に性別や身分に応じて「口分田」という土地が与えられました。土地はあくまで国家から借りているものという考え方であったため、本人が死亡すると国に返還すること(収授)が義務付けられていました。
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小野妹子の派遣目的
Q4
飛鳥時代、推古天皇の摂政であった聖徳太子は、中国を統一した隋の高度な制度や文化を取り入れるために使節を派遣しました。607年にこの使節(遣隋使)として中国へ渡った人物の名前として正しいものはどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
小野妹子
聖徳太子は、中国の「隋」に「遣隋使」を派遣して大陸の優れた文化や政治制度を学ぼうとしました。607年には小野妹子が使節として送られ、隋の皇帝である煬帝に国書を届けました。これ以前の時代のように中国の皇帝に臣下として仕えるのではなく、主権国家として交流を図ろうとした重要な出来事です。
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新羅による朝鮮半島の統一
Q5
7世紀後半、朝鮮半島において唐と結ぶことで百済や高句麗を滅ぼし、半島を初めて統一した国を選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
新羅
4世紀頃から高句麗、百済、新羅の3国が勢力を争う三国時代が続いていましたが、7世紀に唐と結んだ新羅が660年に百済、668年に高句麗を相次いで滅ぼしました。その後、新羅は共同で戦った唐の勢力も退け、676年に朝鮮半島の統一を成し遂げました。
福島県公立高校入試(2018)類似
水城と白村江の戦い
Q6
7世紀後半の東アジア情勢と、それに対する日本の対応について説明した文として、最も適切なものはどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
白村江の戦いで敗れた後、太宰府を守るために水城を築き、さらに九州北岸の守備のために東国から兵士を集めた「防人」を配置した。
663年の白村江の戦いでの大敗を受け、天智天皇を中心とする政権は対外的な危機感から国防を急ピッチで進めました。太宰府を守るための「水城」の建設だけでなく、対馬や壱岐、北九州沿岸の警備のために「防人(さきもり)」を配置しました。防人は主に東国から徴兵された兵士たちであり、彼らの負担や望郷の念は『万葉集』などの歌にも残されています。
埼玉県公立高校入試(2018)類似
天智天皇(中大兄皇子)の政策
Q7
7世紀中ごろ、中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我氏を倒して始めた政治改革(大化の改新)ののち、即位して天智天皇となった彼の事績について述べた文として、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
唐や新羅による侵攻に備えて、西日本の要所に山城を築き、内陸の大津宮に都を移したほか、日本初の全国的な戸籍を作成した。
中大兄皇子(天智天皇)は、白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に敗れた後、対外防衛を最優先課題としました。そのため、博多湾を見下ろす大宰府に水城を、また西日本各地に朝鮮式山城を築き、防人を配置しました。あわせて都を近江の大津宮へ移し、670年には日本初の全国的な戸籍である「庚午年籍」を作成して、徴兵や徴税の基盤を整え、中央集権化を進めました。他の選択肢は、聖徳太子、元明天皇、天武天皇の事績に関する記述です。
熊本県公立高校入試(2023)類似
冠位十二階
Q8
飛鳥時代の政治に関する記述のうち、冠位十二階の制度的特徴を正しく説明しているものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
個人の才能に応じて色別の冠が授けられ、地位が上がれば昇進も可能であった。
冠位十二階では、徳・仁・礼・信・義・智の6つをそれぞれ大小に分け、12段階の位が設定されました。それぞれの位は冠の色によって区別され、能力や功績次第でより高い位へと昇進することができました。これは、家系によって地位が固定されていたそれまでの社会構造を変革しようとする試みでした。同時に定められた憲法十七条が役人の心得を説いたのに対し、こちらは役人の評価基準を定めたものと言えます。
福島県公立高校入試(2024)類似
聖徳太子の政治と遣隋使
Q9
7世紀初めの飛鳥時代において、推古天皇の摂政である聖徳太子が、豪族の蘇我馬子と協力して行った政治や外交の説明として、最も適切なものはどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
中国の進んだ制度や文化を取り入れるため、小野妹子らを遣隋使として派遣した。
聖徳太子は推古天皇の摂政として、蘇我馬子と協力して天皇中心の政治を目指しました。その一環として、当時中国を統一していた隋の高度な文化や制度を学ぶため、607年に小野妹子を遣隋使として派遣しました。中臣鎌足は大化の改新、遣唐使は隋の後の唐に送られた使節、鑑真や大仏建立は奈良時代の出来事であり、時期や人物が異なります。
秋田県公立高校入試(2024)類似
冠位十二階
Q10
7世紀初めの日本において、聖徳太子らが「冠位十二階」を定めた背景には、天皇中心の政治を強化しようとする意図がありました。この制度の特徴について述べた文として、正しいものを一つ選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
個人の才能に応じて十二段階の冠を授けるもので、冠を授かった者一代限りの位とされた。
冠位十二階は、功績があった本人に位(冠)を与える制度であり、その地位は子孫に引き継がれる「世襲」ではありませんでした。家柄に関係なく、実力のある人物を役人として引き立てるこの仕組みは、当時の中国(隋)の制度も参考にされています。また、役人の心構えを説いたものは、同時期に制定された「十七条の憲法」です。
宮城県公立高校入試(2021)類似
国司の派遣
Q11
飛鳥時代から奈良時代にかけて確立された、地方を統治するための仕組みについて、中央から派遣された役人である「国司」の説明として最も適切なものはどれか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
中央の都から派遣され、一定の任期を持って地方の行政や裁判、軍事を担った。
律令制における地方統治の仕組みでは、中央集権体制を強化するために、最上位の行政単位である「国」に都から国司が派遣された。国司は任期が終われば都に戻る仕組みとなっており、現地の豪族が任命され世襲された「郡司」とは、役割や身分が明確に区別されていた。なお、地頭(鎌倉時代)や守護大名(室町時代)、県令(明治時代)とは、設置された時代や目的が異なる。
和歌山県公立高校入試(2024)類似
飛鳥文化
Q12
7世紀前半に聖徳太子(厩戸王)や蘇我氏が中心となって栄えた、日本で最初の本格的な仏教文化を何というか、次の中から選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
飛鳥文化
推古天皇の摂政であった聖徳太子が、仏教を政治に取り入れ、厚く保護したことで発展した文化です。法隆寺などの寺院が建立され、日本独自の展開を見せつつも、大陸の技術や思想を色濃く反映している点が特徴です。
茨城県公立高校入試(2020)類似
口分田
Q13
律令国家が戸籍を作成し、すべての人々に「口分田」を分け与える「班田収授の法」を実施した最大の目的は何ですか。当時の政治方針に深く関わる理由を説明したものを選んでください。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
土地と人民を国家が直接支配する「公地公民」の原則を確立し、税を確実に徴収するため。
大化の改新以降、政府はそれまで有力豪族が支配していた土地と人民を、国家が直接支配する「公地公民」の仕組みへと転換しようとしました。口分田を与えて戸籍で管理することで、誰がどこで耕作しているかを把握し、租・庸・調などの税や防人などの兵役を課す基盤を作ることが目的でした。
和歌山県公立高校入試(2017)類似
大化の改新
Q14
大化の改新において、土地や民をそれまで支配していた有力な豪族から取り上げ、国家(天皇)が直接支配するものとした制度を何と呼びますか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
公地公民
それまでの日本では、豪族がそれぞれ「部曲(かきべ)」や「田荘(たどころ)」と呼ばれる民や土地を私有していましたが、これを天皇が支配する公的なものへと改めました。これにより中央集権化が進み、税(租・庸・調)を効率的に集めるための戸籍作成や、口分田を割り当てる班田収授の法の土台となりました。
宮城県公立高校入試(2022)類似
冠位十二階
Q15
7世紀初め、聖徳太子(厩戸王)らが中央集権的な国家体制を整えるために定めた、個人の才能や功績に応じて位階を授ける制度を何といいますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
冠位十二階
この制度は、従来の家柄によって地位が決まる仕組みとは異なり、個人の実力を評価して役人を登用することを目的に導入されました。儒教の徳目に基づいた名称の冠を授けることで、官僚組織の基礎を築こうとした飛鳥時代の重要な改革の一つです。
大分県公立高校入試(2017)類似
遣隋使の派遣
Q16
飛鳥時代に遣隋使が派遣された背景や目的について説明した文として、最も適切なものを選択してください。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
中国の進んだ制度や文化を取り入れることで、天皇を中心とする中央集権国家の形成を目指した。
当時の日本は、冠位十二階や十七条の憲法の制定など、国内の政治体制を整える必要があった。そのため、中国の進んだ政治制度や文化を吸収し、国内の豪族を統制して天皇中心の政治を確立することが派遣の大きな目的であった。
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飛鳥文化
Q17
飛鳥時代の文化の特徴を記した資料において、その特色は「国際色豊かである」と説明されます。このように評される理由として、当時の寺院建築や仏像に見られる具体的な特徴を述べたものとして正しいものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
中国の南北朝時代の様式だけでなく、インドや西アジア、さらには古代ギリシャに起源を持つ建築様式の影響が、寺院の柱などに見られるため。
飛鳥文化は、朝鮮半島や中国の南北朝時代の文化を直接の源流としていますが、その背景にはシルクロードを通じた東西交流があります。例えば法隆寺金堂の柱に見られる中央が膨らんだ「エンタシス」という技法は、古代ギリシャのパルテノン神殿などにも見られるものであり、当時の日本が遠く西方の文化圏とも間接的に繋がっていたことを示しています。
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百済
Q18
7世紀の朝鮮半島では、唐と新羅が連合して勢力を拡大していました。660年に滅亡したある国を再興させるため、日本(倭)は大規模な軍隊を派遣して唐・新羅の連合軍と戦いましたが、663年の白村江の戦いで大敗を喫しました。日本が復興を支援したこの国はどこですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
百済
唐と新羅の連合軍によって滅ぼされた百済を救うため、中大兄皇子(天智天皇)は百済の遺臣らからの要請に応じ、援軍を送りました。しかし、白村江の戦いで敗れたことにより、百済の復興は果たせませんでした。その後、日本は唐・新羅の侵攻に備え、九州に防人(さきもり)を配置したり、水城(みずき)を築いたりするなど、国内の防衛体制を急速に整えることとなりました。
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白村江の戦い
Q19
7世紀後半、日本(倭国)は朝鮮半島の西南部に位置する地域へ大規模な軍隊を派遣し、唐・新羅の連合軍と衝突しました。この戦いが起こった直接的な目的として、最も適切な説明はどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
友好関係にあり、当時滅亡していた百済の復興を支援するため
飛鳥時代の663年、日本は友好国であった百済の復興を助けるために大軍を派遣しましたが、唐・新羅の連合軍に白村江の戦いで大敗しました。この敗北を受け、日本は唐・新羅による本土侵攻を恐れ、大宰府の北側に水城を築いたり、各地に朝鮮式山城を作ったりして防衛体制を急いで整えることとなりました。選択肢にある「元」や「刀伊」は、それぞれ鎌倉時代や平安時代の中期の出来事であり、時代背景が異なります。
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律令
Q20
奈良時代の711年に、現在の群馬県高崎市にあたる場所に設置された多胡碑には、ある法律に基づいて新しく郡が置かれた経緯が記されています。この時期に日本が中国の制度を参考にして導入し、全国的な行政組織の整備や中央集権化の根拠となった法律の総称を答えなさい。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
律令
多胡碑は「日本三古碑」の一つであり、朝廷の命令によって「多胡郡」が新たに誕生したことを記念して建てられました。これは、当時の政府が「律令」という統一的な法体系に基づいて全国を支配しようとしていた実態を物語っています。聖徳太子が定めた冠位十二階や十七条の憲法も中央集権化への一歩ですが、全国を網羅する法制度として完成したのは律令の時代です。
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天武天皇
Q21
7世紀から8世紀にかけての律令国家形成期の出来事について、天武天皇の事績として正しい記述はどれか。
★★★ 標準
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
飛鳥地方に都を戻して飛鳥浄御原宮で即位し、中央集権化のために「天皇」という称号や「日本」という国号を使い始めたとされる。
天武天皇は、それまで「大王」と呼ばれていた君主の称号を「天皇」へと定め、国号を「日本」とした時期の人物と考えられています。また、歴史書である「古事記」や「日本書紀」の編纂を命じたのも彼であり、国家としてのアイデンティティを確立しようとした点が大きな特徴です。他の選択肢は、天智天皇(近江大津宮、庚午年籍、白村江の戦い)や聖徳太子(遣隋使、法隆寺)に関する内容です。
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天武天皇
Q22
7世紀後半、皇位継承をめぐって起こった古代最大の内乱である「壬申の乱」に勝利し、即位した天皇が行った政策として最も適切なものはどれか。
★★ 基本
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
日本最初の銅銭とされる富本銭を鋳造し、天皇を中心とする強力な支配体制を築いた。
天武天皇は、天智天皇の死後に起こった壬申の乱において、大友皇子を破って即位しました。この勝利によって強大な権力を得た天武天皇は、豪族を抑えて天皇に権力を集中させる中央集権的な政治を推進しました。また、飛鳥池遺跡などの調査から、この時期に日本最古の貨幣とされる富本銭がつくられたことが明らかになっています。冠位十二階は聖徳太子、国分寺の建立は聖武天皇、平城京遷都は元明天皇の事績です。
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天皇と仏教への崇敬
Q23
聖徳太子が定めた規範の中で、仏教を篤く敬うこと(三宝を敬うこと)と、天皇の命令への絶対服従を並べて記した政治的な目的として、最も適切な説明はどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
仏教による道徳心と天皇への忠誠心を結びつけることで、豪族たちの対立を抑え、天皇を中心とした国づくりを進めるため
当時の日本は豪族同士の勢力争いが激しく、国家としてのまとまりに欠けていました。聖徳太子は、仏教という普遍的な教えを敬うことで個人の道徳観を養わせると同時に、天皇を国全体の最高権威として位置づけることで、私利私欲に走る豪族たちを統制し、天皇中心の中央集権体制の基礎を築こうとしました。
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冠位十二階
Q24
推古天皇の時代、聖徳太子(厩戸王)らは、従来の氏姓制度のように「家柄」によって地位が決まる世襲の仕組みを改めようとしました。そのために導入された「冠位十二階」という制度の主な目的を説明したものとして、最も適切な記述を選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
家柄にとらわれず、才能や功績のある人物を役人として登用すること。
冠位十二階は、それまでの「氏(家柄)」に基づく世襲制の官職登用を改め、個人の能力や手柄を評価して役人を採用するために作られました。これにより、優秀な人材を政府の中枢に集め、天皇を中心とする中央集権的な国家体制を整える狙いがありました。選択肢にある「十七条の項目」は、翌年に制定された「十七条の憲法」の説明です。
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天武天皇
Q25
7世紀後半の日本の政治情勢について、壬申の乱に勝利した天武天皇が、天皇を中心とする中央集権体制をさらに強めるために実施した制度や仕組みの説明として、適切なものはどれか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
豪族たちを天皇を頂点とする新たな序列に組み替えるため、八色の姓を定めた。
天武天皇は壬申の乱の勝利を経て、それまでの氏姓制度を再編成し、天皇を中心とした官僚体制を整えるために「八色の姓(やくさのかばね)」を定めました。これにより、豪族たちは天皇に仕える身分として明確にランク付けされることとなりました。蘇我氏を滅ぼしたのは中大兄皇子(天智天皇)らによる大化の改新の始まりであり、藤原京の完成は持統天皇の時代、土地の私有化(墾田永年私財法)は聖武天皇の時代のことです。
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聖徳太子による仏教の布教
Q26
聖徳太子の時代に栄えた、日本で最初の本格的な仏教文化である飛鳥文化の説明として、正しいものを選んでください。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
中国や朝鮮半島の技術を学んだ渡来人の協力により、仏像制作や寺院建築が行われた
飛鳥文化は、大陸からの渡来人がもたらした最新の技術や文化を基盤としています。聖徳太子が建立した法隆寺の建築や仏像などは、当時の中国(南北朝時代)や朝鮮半島の様式の影響を強く受けており、日本における仏教芸術の出発点となりました。浄土信仰は平安時代、正倉院に代表される天平文化は奈良時代、武士の文化は鎌倉時代以降の特徴です。
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十七条の憲法
Q27
飛鳥時代、聖徳太子が604年に定めた「十七条の憲法」の第一条には、「和をもって貴しとなし、さからうことなきを宗(むね)とせよ」という一節があります。このように役人の心得を説き、天皇の命令に従うことを強調した主な目的として最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
豪族どうしの争いを鎮め、天皇を中心とする中央集権的な国家体制を整えるため
聖徳太子が活躍した時代は、有力な豪族どうしの対立が激しく、国家としてのまとまりが欠けていました。そこで、役人が守るべき道徳的な規範として十七条の憲法を制定し、仏教の尊重や天皇への服従を求めることで、天皇を中心とした組織的な政治の仕組みを固めようとしました。
大分県公立高校入試(2022)類似
天武天皇
Q28
7世紀後半、皇位継承をめぐって起きた「壬申の乱」という大規模な内乱に勝利し、都を再び飛鳥地方に戻して、天皇を中心とした強力な中央集権国家の土台を築いた人物は誰か。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
天武天皇
中大兄皇子(天智天皇)の死後、その息子である大友皇子と、天智天皇の弟である大海人皇子が皇位をめぐって争ったのが壬申の乱です。これに勝利して即位した大海人皇子が天武天皇です。天武天皇は、豪族の影響を抑えて天皇に権力を集中させる政治を推し進めました。
和歌山県公立高校入試(2022)類似
遣隋使(隋・小野妹子)
Q29
飛鳥時代、法隆寺の建立など仏教を中心とした国づくりを進めた聖徳太子は、中国大陸を統一した王朝へ使節を派遣しました。この使節の名称と、その代表として派遣された人物の正しい組み合わせを選んでください。
★ やさしい
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
遣隋使 ― 小野妹子
聖徳太子が推古天皇の摂政として政治を行っていた7世紀初め、中国を統一していた王朝は隋です。太子は、大陸の高度な文化や制度を取り入れるため、607年に小野妹子を使節として派遣しました。鑑真は奈良時代に唐から日本へ渡った高僧であり、時代や背景が異なります。
福島県公立高校入試(2020)類似
十七条の憲法
Q30
飛鳥時代、聖徳太子(厩戸王)が仏教や儒教の教えを取り入れ、役人としての心得を説くために制定した、日本最初の成文法を何といいますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
十七条の憲法
聖徳太子は推古天皇の摂政として政治を行い、天皇を中心とした国家体制を築こうとしました。その一環として、当時権力を持っていた豪族たちに、役人としての道徳的な規範や心構えを示すためにこの法を定めました。「和をもって貴しとなす」という第一条が特によく知られています。
熊本県公立高校入試(2021)類似
小野妹子の派遣と遣隋使
Q31
7世紀の初め、聖徳太子(厩戸王)が推古天皇の摂政として政治を行っていた時期に、中国の進んだ制度や文化を取り入れるために派遣された使節を何といいますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
遣隋使
聖徳太子は、天皇を中心とした中央集権的な国家体制を築くため、当時の中国の王朝である隋に使節を送りました。これが遣隋使です。その後、中国の王朝が交代すると遣唐使が派遣されるようになりますが、小野妹子が派遣された時点では隋が中国を統一していました。
熊本県公立高校入試(2019)類似
大化
Q32
645年に始まった政治改革の資料において、中大兄皇子や中臣鎌足が蘇我氏を打倒し、新たな政治体制を築こうとする記述が見られます。この一連の改革によって日本で初めて元号が導入された背景として、最も適切な説明はどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
天皇が国の主権者として時間を支配することを示し、中央集権国家の威信を内外に宣言するため。
元号の制定は、単なる年数の数え方の変更ではなく、その土地を支配する君主が時間をも支配するという「空間と時間の主権」を象徴する行為でした。大化の改新において中大兄皇子らが日本初の元号「大化」を定めたのは、それまで力を持っていた蘇我氏などの有力豪族を抑え、天皇を中心とした律令国家を形成しようとする強い政治的意志の表れです。
大分県公立高校入試(2022)類似
天武天皇
Q33
万葉集の中に「大王(天皇)は神でいらっしゃるので、水鳥の集まる湿地を立派な都になさった」という趣旨の歌で称えられた天皇について、その統治の背景として最も適切な説明はどれか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
壬申の乱に勝利したことで絶大な権力を握り、天皇を神格化して官僚制の整備や律令の編纂を進めた。
天武天皇は壬申の乱での勝利を通じて、それまでの有力豪族による合議制的な政治から、天皇が絶対的な権力を持つ政治へと転換させました。万葉集の歌は、その強大な権力を「神」と表現して称賛したものです。彼はこの権力に基づき、飛鳥浄御原令の編纂や、のちの平城京へとつながる官僚機構の整備に着手しました。
埼玉県公立高校入試(2023)類似
飛鳥文化
Q34
京都の広隆寺に安置されている「弥勒菩薩半跏思惟像」は、この時代の代表的な仏像です。この仏像が見られる文化の特徴について述べた説明として、最も適切なものはどれか選びなさい。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
中国の南北朝時代の文化の影響を強く受け、法隆寺などの寺院が建立された。
広隆寺の弥勒菩薩像は飛鳥文化を代表する仏像の一つです。飛鳥文化は、大陸との交流を通じて伝えられた仏教を中心として発展しました。選択肢にある「唐の影響」は奈良時代の天平文化、「遣唐使廃止後」は平安時代の国風文化、「写実的な表現」は鎌倉時代の文化の特徴を説明したものです。
大分県公立高校入試(2024)類似
遣隋使・遣唐使の派遣
Q35
飛鳥・奈良時代に行われた遣隋使や遣唐使の派遣に関連して、当時の外交や国内政策の状況を正しく説明しているものはどれか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
小野妹子などの使節を派遣し、大陸の進んだ制度を吸収して国家の仕組みを整えようとした。
遣隋使や遣唐使は、高度な文明を持っていた中国から法律、官僚制度、仏教などの文化を吸収するために組織されました。聖武天皇による東大寺の大仏建立や国分寺の建立は奈良時代の中期であり、遣隋使の開始時期とは異なります。また、全国的な戸籍作成(庚午年籍など)は国内統治の進展を示すものですが、使節派遣の直接的な目的そのものではありません。
大分県公立高校入試(2018)類似
飛鳥文化
Q36
世界最古の木造建築とされる法隆寺や、そこに安置されている釈迦三尊像に代表される、7世紀前半の文化の特徴として最も適切な説明はどれか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
大陸や朝鮮半島の技術を取り入れた、日本で最初の本格的な仏教文化である。
飛鳥文化は、法隆寺の釈迦三尊像に見られるような北魏様式など、大陸の進んだ技術や芸術様式を取り入れた点に特徴がある。法隆寺の木造建築も、当時の大陸の建築技術を土台に造営されている。
和歌山県公立高校入試(2021)類似
冠位十二階
Q37
聖徳太子が定めた冠位十二階という制度の目的と、その仕組みについて説明した文として最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
家柄にとらわれず、個人の才能や功績によって役人を採用し、天皇を中心とする政治を支える優秀な人材を確保すること。
冠位十二階は、世襲で地位が決まる従来の習慣を打破し、個人の実力を重視して役人を登用する画期的な制度でした。これは、隋(中国)などの進んだ文明に対抗し、日本を強力な中央集権国家へと発展させるための改革の一環です。なお、役人の心得を示したものは「十七条の憲法」であり、土地の分配は「班田収授法」の内容です。
熊本県公立高校入試(2020)類似
聖徳太子
Q38
用明天皇の皇子であり、叔母にあたる推古天皇の摂政として、蘇我馬子と協力しながら政治を行った人物は誰か。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
聖徳太子
推古天皇の時代に摂政という重要な役職に就き、豪族の蘇我馬子とともに改革を進めました。家柄に関係なく才能ある人物を登用する冠位十二階を定めるなど、天皇を中心とした国家体制の整備に尽力した人物です。
和歌山県公立高校入試(2016)類似
飛鳥文化の仏像
Q39
飛鳥文化を代表する法隆寺の釈迦三尊像などの仏像が、この時期に数多く制作された背景について述べた文として、正しいものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
聖徳太子や蘇我氏が仏教を厚く保護し、大陸の進んだ文化を取り入れることで、仏教の教えに基づいた国づくりを目指したため。
飛鳥時代、推古天皇の摂政であった聖徳太子や有力貴族の蘇我氏は、外来の宗教である仏教を積極的に受容しました。彼らは寺院(氏寺)を建立し、優れた仏像を安置させることで、大陸の高度な技術や思想を背景とした統治を行おうとしました。聖武天皇の政策は「天平文化」、密教の普及は「平安時代初期」、末法思想や阿弥陀如来像の流行は「平安時代後期(国風文化)」の出来事です。
熊本県公立高校入試(2020)類似
聖徳太子
Q40
聖徳太子が行った対外政策について述べた文として、当時の外交姿勢を正しく説明しているものはどれか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
遣隋使を派遣し、中国の王朝と対等な立場での外交を求めた
小野妹子を遣隋使として派遣した際、国書の中で中国(隋)の皇帝に対して対等な立場であることを示そうとしました。これは、中国を中心とした従来の秩序から自立し、独自の国家としての地位を確立しようとする意図がありました。
秋田県公立高校入試(2023)類似
唐
Q41
飛鳥時代から平安時代にかけて、日本の朝廷は先進的な制度や文化を学ぶために中国へ使節を派遣しました。この使節の名称にも使われており、日本の律令国家形成に大きな影響を与えた中国の王朝名を選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
唐
聖徳太子の時代の遣隋使に続き、日本では大化の改新から平安時代の中期にかけて「遣唐使」が派遣されました。日本はこの王朝の優れた政治制度である律令や、仏教、儒教などの文化を吸収することで、中央集権的な国家体制を整えていきました。選択肢にある隋は唐の前の王朝、宋や元は唐よりも後の時代の王朝です。
茨城県公立高校入試(2018)類似
十七条の憲法
Q42
「和をもって貴しとなし、さからうことなきを宗(むね)とせよ」という言葉や、「三宝(仏・法・僧)をあつく敬え」といった条文が記された法令の目的として、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
争いを避け、役人としての心得や仏教を重んじる精神を説くため
十七条の憲法の第一条には、豪族同士の争いを戒める「和をもって貴しとなす」という言葉が、第二条には仏教への信仰を促す「あつく三宝を敬え」という内容が記されています。これらは、勢力争いを続けていた豪族たちをまとめ上げ、天皇を支える役人としての自覚を持たせることを目的としていました。人材登用を目的とした「冠位十二階」や、土地・人民の公有化を目指した「公地公民」の考え方とは区別して理解する必要があります。
熊本県公立高校入試(2021)類似
隋と高句麗の対立
Q43
7世紀前半の東アジアでは、中国を統一した唐が、朝鮮半島の北部に位置する国を攻撃するなど、軍事的な緊張が高まっていました。このような国際情勢の変化は、日本において強力な中央集権国家を目指す大化の改新が起こる大きな要因となりました。このとき、唐の攻撃を受けた朝鮮半島北部の国名を答えなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
高句麗
聖徳太子の死後、隋に代わって中国を統一した唐は、領土拡大のために朝鮮半島北部の高句麗へ繰り返し遠征を行いました。この強大な帝国の出現と軍事的圧力は、当時の日本にとって大きな脅威となり、国内の結束を固めて天皇中心の強力な国家体制を整える必要性を認識させました。こうした背景から、中大兄皇子らによって大化の改新が断行されることとなりました。
大分県公立高校入試(2018)類似
唐
Q44
7世紀から10世紀初めにかけて中国を統一した唐が、当時の日本や東アジア諸国に与えた制度的な影響として、最も適切なものはどれか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
土地や人民を国家が直接支配し、法律に基づいて統治を行う律令制度を完成させ、周辺諸国の手本となった。
唐は律・令・格・式の法体系を整え、強力な中央集権体制を築きました。日本はこの仕組みを取り入れるために遣唐使を派遣し、大宝律令などの制定を通じて律令国家への道を歩みました。他の選択肢は、後の時代(中世や近世)の出来事や異なる文化圏の内容です。
秋田県公立高校入試(2019)類似
富本銭
Q45
飛鳥時代後半から奈良時代にかけての貨幣の歴史について、正しい説明を述べているものを次の中から選びなさい。
★★★ 標準
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
天武天皇の時代に、わが国最初の銅銭である富本銭が鋳造された。
7世紀後半の天武天皇の時代、国家としての体制を強化する一環として富本銭が作られました。これに続く708年には、武蔵国から銅が献上されたことを記念して和同開珎が発行されます。富本銭は主に儀礼用や限られた範囲での使用だったという説もありますが、わが国最初の「銅銭」という位置づけは歴史的に非常に重要です。
山形県公立高校入試(2016)類似
天武天皇
Q46
壬申の乱に勝利して即位した天武天皇が、天皇を中心とする強力な中央集権体制を築くために進めた「律令国家」の形成に関する説明として、最も適切なものはどれか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
官僚制度を整えるための法典(律令)の編纂を開始し、後の大宝律令へとつながる統治の基礎を築いた。
天武天皇は、豪族を天皇中心の序列に組み込む「八色の姓(やくさのかばね)」を制定したり、最初の本格的な律令とされる「飛鳥浄御原令」の編纂を命じたりした。これにより、個人の家柄ではなく法律に基づいた官僚組織で国を治める仕組みの土台が作られた。
茨城県公立高校入試(2020)類似
中大兄皇子
Q47
645年に中臣鎌足らと協力して蘇我氏を倒し、土地や人々を国家が直接支配する「公地公民」の仕組みを導入するなど、天皇中心の国づくりを目指した人物は誰ですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
中大兄皇子
蘇我氏を倒した「乙巳の変」から始まる一連の政治改革は「大化の改新」と呼ばれます。中大兄皇子は中臣鎌足(後の藤原鎌足)とともに、それまで豪族が私有していた土地や人民を国家が管理する体制への転換を図りました。
和歌山県公立高校入試(2020)類似
白村江の戦い
Q48
663年に朝鮮半島の西南部の海域で発生した「白村江の戦い」とその後の日本の動向について述べた文として、正しいものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
唐・新羅の連合軍に敗れた後、唐の侵攻に備えて防人や烽(とぶひ)を配置した
白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に敗北した日本は、大陸からの報復を強く警戒しました。そのため、九州の防衛のために防人を置き、急を知らせるための烽(のろし)のネットワークを整備しました。また、天智天皇は都を内陸の近江大津宮へ移すなど、国家の防衛と中央集権化を加速させました。選択肢にある元の侵攻(元寇)や女真族の侵入(刀伊の入寇)は、いずれも白村江の戦いよりも後の時代の出来事です。
北海道公立高校入試(2016)類似
十七条の憲法
Q49
飛鳥時代に聖徳太子(厩戸王)が制定したもので、天皇の命令(詔)に従うことや、仏教(三宝)を敬うことなど、役人としての心得を説いたものは何か。
★ やさしい
基礎
正答率 0%(1回)
🔥 類題2問
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✅ 正解
十七条の憲法
この法令は604年に制定された。第一条で「和を以て貴しとなす」と述べ、話し合いによる解決を重視しているほか、天皇中心の政治を目指して役人の道徳的規範を示したものである。班田収授法は土地制度、律令は刑法・行政法、御成敗式目は鎌倉時代の武士の法律である。
岩手県公立高校入試(2022)類似
蘇我氏と仏教の布教
Q50
飛鳥時代において、朝鮮半島から伝来した新しい宗教である仏教を積極的に受け入れ、聖徳太子(厩戸王)と協力して政治改革を推進した有力豪族を答えなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
蘇我氏
古墳時代末期から飛鳥時代にかけて勢力を伸ばした蘇我氏は、渡来人と結びついて大陸の新しい文化や仏教を積極的に取り入れました。蘇我馬子は聖徳太子と協力し、冠位十二階や十七条の憲法の制定、遣隋使の派遣など、天皇中心の国づくりに尽力しました。
長野県公立高校入試(2017)類似
仏教
Q51
古代の日本の歴史を振り返ると、天皇が積極的に仏教を保護し、各地に大規模な寺院を建立させたことがわかります。このように国家が特定の宗教を重んじた背景や目的として、最も適切な説明はどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
大陸の進んだ文化や技術を導入し、天皇を中心とした国家の仕組みを整えるため
当時の日本は、中国の大陸王朝(隋や唐)のような強力な中央集権国家を目指していました。寺院の建立には高度な土木・建築技術や金属加工技術が必要であり、教典の読解には高度な教育が不可欠でした。仏教を広めることは、これら大陸の先進的な知見を体系的に吸収することを意味しており、それを天皇が主導することで、天皇の権威を高め、国をまとめる大きな助けとなりました。
熊本県公立高校入試(2020)類似
蘇我馬子
Q52
飛鳥時代、有力な豪族として聖徳太子(厩戸皇子)と協力し、仏教を広めるとともに天皇を中心とした国づくりを進めた人物はだれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
蘇我馬子
蘇我馬子は、仏教の受容をめぐって対立していた物部守屋を倒し、一族の繁栄を築きました。聖徳太子とともに冠位十二階や十七条の憲法の制定に関わり、中央集権的な国家体制の基礎を作りました。選択肢にある蘇我入鹿は馬子の孫にあたり、大化の改新(乙巳の変)で滅ぼされた人物です。
和歌山県公立高校入試(2016)類似
飛鳥文化の仏像
Q53
推古天皇や聖徳太子(厩戸王)の時代に栄えた、日本で最初の本格的な仏教文化である飛鳥文化の仏像について、その特徴を説明したものとして最も適切なものはどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
中国の北魏などの様式や朝鮮半島の技術の影響を受け、神秘的な「古拙の微笑(アルカイック・スマイル)」をたたえたものが見られる。
飛鳥文化は6世紀末から7世紀前半にかけて、大陸から伝来した仏教を中心として発展しました。法隆寺金堂釈迦三尊像などの仏像は、中国の北魏の様式や百済などの朝鮮半島の技術の影響を強く受けており、左右対称の構成や「古拙の微笑(アルカイック・スマイル)」と呼ばれる独特の表情が特徴です。他の選択肢は、唐の影響や塑像・乾漆像は「天平文化」、東大寺大仏は「天平文化」、運慶・快慶は「鎌倉文化」に関する記述です。
茨城県公立高校入試(2018)類似
十七条の憲法
Q54
飛鳥時代、聖徳太子(厩戸王)が蘇我氏と協力して政治を行う中で、政治に携わる人々の心得や道徳を示すために制定したきまりを何といいますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
十七条の憲法
聖徳太子は、天皇中心の国づくりを進めるため、役人(豪族)たちが守るべき道徳的な規範として「十七条の憲法」を定めました。これは現在の憲法とは異なり、役人に対する訓示としての性格が強いものです。選択肢にある「冠位十二階」は、家柄ではなく才能や功績に応じて役人の位を与える制度であり、混同しないよう注意が必要です。
熊本県公立高校入試(2021)類似
隋と高句麗の対立
Q55
聖徳太子の死後、中国では隋に代わって唐が統一王朝を築きました。唐が朝鮮半島北部の高句麗を攻撃するなど東アジアの緊張が高まるなか、日本でもその影響を受けて、天皇を中心とする国づくりを目指す政治改革が始まりました。この改革の名称として正しいものを答えなさい。
★ やさしい
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
大化の改新
中国で唐が成立し、朝鮮半島の高句麗を攻撃したことで、東アジア全体の国際情勢は非常に不安定になりました。日本はこの危機を乗り越えるため、豪族が権力を握る古い政治体制を改め、土地と人民を国家のものとする公地公民や、天皇を中心とした中央集権的な仕組みを作ることを決断しました。これが645年から始まる大化の改新であり、唐などの対外勢力に対抗するための国家改革という側面を持っていました。
福島県公立高校入試(2024)類似
聖徳太子の政治と遣隋使
Q56
607年に小野妹子が中国へ渡った際の外交の目的と、当時の日本がとった姿勢について説明した文として、最も適切なものを選びなさい。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
中国の王朝に対して対等な立場での外交を求め、進んだ制度や文化を主体的に取り入れようとした。
聖徳太子による遣隋使の派遣は、従来の中国を中心とした冊封体制(貢ぎ物をして臣下となる形式)から脱却し、対等な立場での国交を開こうとした点に大きな特徴があります。これにより、中国の進んだ仏教文化や政治制度を日本の国情に合わせて導入し、中央集権国家の基盤を固めることを目的としました。「親魏倭王」は弥生時代の卑弥呼に関する記述です。
鹿児島県公立高校入試(2018)類似
百済の復興支援(白村江の戦い)
Q57
7世紀半ば、朝鮮半島の南西部に位置し、日本(倭)と親密な関係にあったものの、唐と新羅の連合軍によって滅ぼされた国はどこか。日本はその復興を支援するために、663年に朝鮮半島へ大軍を送ったが、白村江の戦いで大敗を喫することとなった。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
百済
7世紀の朝鮮半島では、唐と結んだ新羅が勢力を拡大していました。660年に百済が滅亡すると、日本(倭)は友好関係にあった百済の遺臣から救援を求められ、復興を支援するために大軍を派遣しました。しかし、663年の白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に敗北したことで、百済復興の道は閉ざされました。
沖縄県公立高校入試(2017)類似
大化の改新後の律令制整備
Q58
中大兄皇子が中臣鎌足らとともに蘇我氏を倒し、天皇を中心とする国づくりを目指して始めた一連の政治改革において、目指すべき国家像を説明したものとして最も適切なものを選びなさい。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
土地と人民は国家(天皇)が所有・管理するという「公地公民」の原則に基づく中央集権国家
大化の改新から始まる一連の改革は、それまで有力豪族が私有していた土地や人民を国家のものとする「公地公民」を理想としました。これは、特定の豪族に権力が集中するのを防ぎ、天皇を中心とした組織的な国家を建設することが目的でした。
沖縄県公立高校入試(2022)類似
十七条の憲法
Q59
飛鳥時代に推古天皇の摂政であった聖徳太子(厩戸王)が、役人の政治に対する心がまえを説くために制定した法は何ですか。「和をもって貴しとなし、さからうことなきを宗となせ」という、人々の和を尊重し、争わないことを第一に掲げたものを選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
十七条の憲法
聖徳太子は、冠位十二階の制定とともに「十七条の憲法」を定め、天皇を中心とする中央集権国家の基盤を整えようとしました。この法は現在の憲法とは異なり、役人が守るべき道徳的な訓戒としての性格が強く、特に第一条で説かれた「和」の精神は、豪族間の争いを鎮める意図がありました。
大分県公立高校入試(2024)類似
遣隋使・遣唐使の派遣
Q60
飛鳥時代、聖徳太子の命を受けて中国(隋)へ渡り、当時の進んだ制度や文化を吸収しようとした人物は誰か。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
小野妹子
聖徳太子は、中国の進んだ制度や仏教文化を直接学ぶことで、天皇を中心とした国づくりを進めることを目指しました。そのために派遣されたのが遣隋使であり、小野妹子はその代表的な人物です。これにより、日本は中国との対等な外交関係を模索しつつ、律令国家の礎となる知識を得ることができました。
青森県公立高校入試(2022)類似
大化の改新
Q61
日本の歴史における主な出来事を時系列順に整理したとき、7世紀中頃に中大兄皇子らが中心となって進めた、天皇中心の国づくりを目指す一連の政治改革にあたるものはどれか。
★ やさしい
基礎
正答率 50%(2回)
🔥 類題2問
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✅ 正解
大化の改新
645年に中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌足らが蘇我氏を倒した乙巳の変に始まり、唐の制度を取り入れて進められた一連の改革を指します。豪族が土地や人民を私有するそれまでの体制を改め、天皇を中心とする中央集権国家の建設を目指しました。
長野県公立高校入試(2024)類似
法隆寺
Q62
飛鳥時代、聖徳太子によって建立されたと伝えられ、現存する世界最古の木造建築物として知られる寺院はどれか、次から選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
法隆寺
聖徳太子(厩戸王)が建立したと伝わるこの寺院は、世界文化遺産にも登録されています。西院伽藍の金堂や五重塔は、飛鳥時代の高度な建築技術を今に伝える貴重な遺構です。
埼玉県公立高校入試(2023)類似
飛鳥文化
Q63
7世紀前半の聖徳太子(厩戸王)が政治を行っていた時代に栄えた、日本で最初の本格的な仏教文化を何といいますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
飛鳥文化
この時期の文化は、法隆寺の建築や広隆寺の弥勒菩薩像などに代表される日本初の仏教文化です。中国の南北朝時代の文化の影響を強く受けているのが特徴で、渡来人によって伝えられた技術が寺院の建設や仏像の制作に活かされました。
和歌山県公立高校入試(2019)類似
律令国家の成立過程
Q64
7世紀から8世紀にかけて、日本が天皇を中心とした法に基づく国家体制(律令国家)を整備していった過程について、出来事を時系列に沿って正しく並べたものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
十七条の憲法の制定 → 公地公民の方針の提示 → 近江大津宮への遷都 → 藤原京への遷都
聖徳太子が役人の心得を示した十七条の憲法(604年)を制定した後、中大兄皇子らによる大化の改新(646年)で公地公民の原則が示されました。その後、天智天皇としての近江大津宮への遷都(667年)を経て、694年に持統天皇によって中国の都にならった本格的な都城である藤原京へと移りました。藤原京が大津宮よりも後の時期である点に注意が必要です。
岩手県公立高校入試(2024)類似
壬申の乱
Q65
天智天皇の死後の皇位継承争いとその後の政治の動きについて説明した文として、正しいものはどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
争いに勝利した大海人皇子が即位し、律令制度を基盤とした天皇中心の国家体制の整備が進んだ。
壬申の乱に勝利した天武天皇は、乱によって豪族たちの勢力が弱まったことを背景に、天皇への権力集中を図りました。これが律令国家(法に基づく中央集権国家)の形成を加速させ、次代の持統天皇による飛鳥浄御原令の施行や大宝律令の制定へとつながっていきました。
岩手県公立高校入試(2018)類似
聖徳太子による仏教の布教
Q66
飛鳥時代、推古天皇の摂政として政治を行い、国をまとめるために仏教を厚く敬うよう説いた人物は誰ですか。現存する世界最古の木造建築物とされる法隆寺を建立したことでも知られる人物を選んでください。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
聖徳太子
推古天皇の摂政であった聖徳太子(厩戸王)は、仏教を深く信仰し、政治の柱に据えました。その象徴として奈良県に法隆寺を建立し、仏教の教えを通じて豪族たちの対立を抑え、天皇を中心とした国づくりを目指しました。中臣鎌足は大化の改新、足利尊氏は室町幕府の創設、藤原道長は平安時代の摂関政治に関わる人物です。
茨城県公立高校入試(2020)類似
中大兄皇子
Q67
中大兄皇子が中心となって進めた「大化の改新」において、目指された政治体制の説明として最も適切なものはどれか、次の中から選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
土地と人々を国家が直接支配する公地公民の原則に基づく、天皇中心の中央集権体制
それまでは蘇我氏のような有力豪族が強大な権力を持っていましたが、中大兄皇子は中国(唐)の制度を参考に、天皇が全国を直接支配する仕組みを整えようとしました。この改革の基本方針は、646年に出された「改新の詔」によって示されました。
鹿児島県公立高校入試(2018)類似
百済の復興支援(白村江の戦い)
Q68
663年に起きた白村江の戦いにおいて、日本(倭)の軍が戦った相手となる「連合軍」の組み合わせと、その敗北が日本国内に与えた影響について正しい説明はどれか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
唐と新羅の連合軍に敗れたため、日本は唐・新羅による侵攻を恐れ、九州の大宰府北方に水城や山城を築いて防備を固めた。
白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に敗れた日本は、大陸からの報復や侵攻を強く警戒するようになりました。そのため、対外防衛の拠点である大宰府(福岡県)を守るために水城(堤防状の防衛施設)や大野城などの山城を築き、さらに西日本の各地に「防人(さきもり)」を配置して国防を強化しました。この危機感は、日本が中央集権的な国家体制を急ぐ要因の一つとなりました。
茨城県公立高校入試(2020)類似
中大兄皇子
Q69
ある歴史上の人物の業績をまとめた資料に、「蘇我氏を打倒して新しい国家体制の基礎を築いた後、滋賀県の近江大津宮で即位した」という記述があります。この人物が後に即位した名称として正しいものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
天智天皇
中大兄皇子は長らく皇太子の立場で改革を主導していましたが、後に即位して天智天皇となりました。天智天皇は日本最古の全国的な戸籍とされる「庚午年籍」を作成するなど、中央集権化をさらに進めたことで知られています。
熊本県公立高校入試(2020)類似
聖徳太子
Q70
聖徳太子が「冠位十二階」や「十七条の憲法」を制定した大きな目的として、最も適切なものはどれか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
天皇を中心とした中央集権的な国家の基盤を築くため
当時は豪族同士の勢力争いが続いていたため、家柄ではなく能力で役人を登用し、さらに役人の心得を定めることで、天皇の命令が全国に行き届くような強力な政治体制(中央集権国家)を作ろうと考えました。
鹿児島県公立高校入試(2018)類似
遣隋使
Q71
7世紀初めに小野妹子らが使節として中国の隋へ送られた背景として、当時の日本が目指していたことについて述べたものとして最も適切な説明はどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
中国の進んだ制度や文化を学び、国家の仕組みを整えるため
聖徳太子は冠位十二階や十七条の憲法を制定するなど、中央集権的な国家体制の確立を目指していました。遣隋使の派遣は、隋の高度な統治システムや仏教文化を直接吸収し、日本の政治改革に活かすことが大きな目的でした。また、中国の皇帝に対して対等な立場での外交を試みたことも特徴の一つです。
大分県公立高校入試(2024)類似
白村江の戦い
Q72
7世紀、日本では中大兄皇子らが政治改革を進める一方で、朝鮮半島の情勢変化に対応した外交が行われました。唐によって滅ぼされた友好国の再興を支援するために倭(日本)が朝鮮半島へ大軍を派遣した出来事について、その目的と対戦相手の組み合わせとして正しいものを選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
百済の再興を支援するため、唐・新羅の連合軍と戦った
660年に唐と新羅の連合軍によって百済が滅ぼされると、倭(日本)は友好国であった百済の遺臣から救援を求められました。中大兄皇子は百済を再興させるために朝鮮半島へ大軍を送りましたが、663年に白村江(はくすきのえ)で唐・新羅の連合軍と衝突し、倭の水軍は壊滅的な打撃を受けて大敗しました。この敗北は、その後の日本の国内体制の整備や防衛強化に大きな影響を与えました。
群馬県公立高校入試(2016)類似
律令
Q73
古代の日本において、唐の制度を参考に「律令」が制定された主な目的として、最も適切な説明はどれですか。当時の地方行政の状況を伝える多胡碑などの記録を踏まえて考えなさい。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
天皇を頂点とし、法に基づいた行政区画の整備を通じて中央集権的な統治を行うため
律令の整備は、それまでの豪族による土地・人民の支配を改め、天皇を中心とする国家が全国を直接支配すること(中央集権化)を目的としていました。多胡碑に記された「郡」の設置も、この法律に基づいて全国を組織的に管理しようとする政策の一環です。これにより、税の徴収や徴兵などが組織的に行えるようになりました。
秋田県公立高校入試(2016)類似
中大兄皇子
Q74
7世紀後半、日本が対馬や九州、瀬戸内海沿岸などに「山城」を築き、大規模な国防強化を行うこととなった直接の理由として正しいものはどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に敗れ、日本本土への侵攻が懸念されたため。
百済の復興を支援するために朝鮮半島へ送られた日本軍が、663年の白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に大敗したことが発端です。この敗北により、当時の指導者であった中大兄皇子は、勝利に乗じた唐などが日本へ攻めてくることを恐れ、国家の存亡をかけて防人や山城による防衛線を作り上げました。
和歌山県公立高校入試(2021)類似
公地公民
Q75
大化の改新で示された「公地公民」の制度が、のちに崩れていく要因となった出来事について説明したものとして、最も適切なものはどれか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
人口の増加にともなう土地不足を解消するため、開墾した土地の永年私有を認める「墾田永年私財法」が出されたこと。
公地公民の原則では、土地はすべて国家のものでしたが、人口の増加によって人々に与える「口分田」が不足しました。そこで政府は、743年に「墾田永年私財法」を制定し、新しく開墾した土地の私有を永代にわたって認めました。これにより貴族や寺社が大規模な私有地(荘園)を持つようになり、公地公民の原則は次第に崩れていきました。
北海道公立高校入試(2024)類似
水城
Q76
九州北部の福岡県付近に位置する「水城」が築かれた歴史的な背景と、その目的について述べた文として最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
白村江の戦いでの敗戦後、唐や新羅の侵攻に備えて大宰府を防御するために築かれた。
当時の倭(日本)は百済の再興を支援するために朝鮮半島へ出兵しましたが、白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に完敗しました。これを受けて、中大兄皇子は国内の防衛体制を急ぎ整備する必要に迫られました。対馬や壱岐、筑紫に防人(さきもり)を配置するとともに、大宰府周辺には水城や大野城などの朝鮮式山城を築き、外敵の襲来に備えました。
熊本県公立高校入試(2019)類似
大化
Q77
645年に中大兄皇子と中臣鎌足らが蘇我氏を倒して始まった、天皇中心の国造りを目指す政治改革において、日本で初めて定められた元号は何ですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大化
蘇我入鹿を倒した乙巳の変に続く政治改革の中で、日本で初めての元号として「大化」が定められました。これは、天皇が時間をも支配するという東アジアの統治思想に基づき、日本が独立した国家としての体制を整え始めたことを象徴しています。中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌足(後の藤原鎌足)はこの改革を通じて、豪族による政治から天皇を中心とする中央集権的な政治への転換を図りました。
和歌山県公立高校入試(2021)類似
公地公民
Q78
645年から始まった大化の改新において示された、それまで有力な豪族が私有していた土地や人民を、国家(天皇)が直接支配する体制へと改める方針を何といいますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
公地公民
大化の改新で出された「改新の詔(みことのり)」の第一条では、豪族が支配していた土地(田荘)や人民(部曲)を廃止し、すべてを国家のものとすることが宣言されました。これが公地公民の制であり、天皇を中心とする律令国家を目指すための重要な基盤となりました。
大分県公立高校入試(2017)類似
遣隋使の派遣
Q79
飛鳥時代、推古天皇の摂政であった聖徳太子が、中国の進んだ制度や文化を取り入れるために派遣した使節の名称として正しいものを選択してください。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
遣隋使
7世紀初め、中国を統一した隋に対して派遣された使節を遣隋使と呼ぶ。当時の倭(日本)は、隋から高度な統治制度や仏教文化を学ぶことを主な目的としていた。後の時代に派遣された「遣唐使」と混同されやすいが、派遣先の王朝名が「隋」であることを確認する必要がある。
秋田県公立高校入試(2023)類似
唐
Q80
894年に菅原道真の建議によって遣唐使の派遣が停止されましたが、その背景として当時の中国や東アジアの情勢を正しく説明しているものを選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
派遣先の王朝が衰退して国力が弱まり、往復の航海に伴う危険に見合う成果が得られにくくなったため
9世紀後半の唐では、国内で反乱が相次ぐなど政治的な混乱が続いて衰退しており、日本が学ぶべき魅力が薄れていました。また、東シナ海を渡る航海は非常に命がけであったため、菅原道真は費用やリスクに対して得られるメリットが少ないと判断し、派遣の中止を提案しました。これがきっかけとなり、日本の独自の風土に合わせた国風文化が発展することになります。
岩手県公立高校入試(2022)類似
水城の築造目的
Q81
7世紀後半、日本(倭)は百済を支援するために朝鮮半島へ出兵しましたが、白村江の戦いで唐と新羅の連合軍に大敗しました。その後、唐や新羅による日本への侵攻に備え、九州北部に位置する政治の拠点「大宰府」を守るために築かれた、大規模な土塁と堀による防衛施設を何といいますか。
★★ 基本
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
水城
白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に敗れた倭国は、大陸からの報復による侵攻を強く警戒しました。九州の政治・外交の要所であった大宰府を防御するため、その北側に全長約1.2km、高さ約10mにも及ぶ巨大な土塁を築き、博多湾側には水を湛えた堀を設けました。これを水城と呼び、日本の古代国家における防衛体制の整備を象徴する遺構となっています。
大分県公立高校入試(2018)類似
唐
Q82
古代日本が遣唐使を派遣し、唐の文化や制度を積極的に取り入れようとした背景や理由として、最も適切なものはどれか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
唐の優れた制度を学ぶことで、天皇を中心とした中央集権的な国家体制を強化しようと考えたため。
当時の日本は、豪族が割拠する状態から天皇を中心とする組織的な国家へと移行する過程にありました。唐の完成された律令制度や官僚制は、日本が強力な中央政府を作るための理想的なモデルであり、それを学ぶことが遣唐使の大きな目的でした。なお、宋銭の輸入は平安時代末期以降、モンゴル帝国による侵攻は鎌倉時代の出来事です。
熊本県公立高校入試(2021)類似
小野妹子の派遣と遣隋使
Q83
飛鳥時代、聖徳太子が小野妹子を中国の隋に派遣した歴史的背景と目的の説明として、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大陸の進んだ制度や仏教文化を直接取り入れ、天皇を中心とした政治制度を整えるため。
聖徳太子は冠位十二階や十七条の憲法を制定し、豪族中心の政治から天皇中心の政治への転換を図っていました。遣隋使の派遣は、その改革のモデルとなる中国の高度な政治制度や、国家の精神的支柱としての仏教を学ぶための重要な外交手段でした。選択肢にある菅原道真は遣唐使の停止を提言した人物であり、阿倍仲麻呂は遣唐使として渡った人物なので、時代や背景が異なります。
北海道公立高校入試(2018)類似
聖徳太子
Q84
聖徳太子が推古天皇の摂政として行った政治改革の一つで、家柄にとらわれず、個人の才能や功績に応じて位を与え、役人に取り立てる制度の名称は何か。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
冠位十二階
才能や功績に応じて冠の色で位を分けた制度は冠位十二階である。これにより、従来の氏姓制度にとらわれず有能な人物が登用される道が開かれた。十七条の憲法は「和を以て貴しとなす」など役人の心構えを示したものである。
熊本県公立高校入試(2023)類似
冠位十二階
Q85
飛鳥時代に聖徳太子(厩戸皇子)らが定めた「冠位十二階」という制度の目的として、最も適切な説明はどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
家柄にとらわれず、才能や功績のある人物を役人として登用すること
それまでの日本の政治は、氏姓(うじかばね)制度に基づいて家柄が重視されていましたが、冠位十二階の導入により、個人の能力や功績に応じて位が授けられるようになりました。これにより、天皇を中心とする中央集権国家の形成に向けて、有能な人材を政府の中枢に集めることが可能になりました。冠位は一代限りのものであり、子孫に受け継がれないという点が大きな特徴です。
沖縄県公立高校入試(2017)類似
大化の改新後の律令制整備
Q86
663年に朝鮮半島で行われた「白村江の戦い」において、日本(倭)が唐・新羅の連合軍に敗れた後の出来事として、歴史的背景に合致する説明はどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
唐や新羅の侵攻に備えて、九州に水城を築き、防人という兵士を配置して国防を強化した
白村江の戦いでの敗北は日本にとって大きな危機であり、中大兄皇子(後の天智天皇)は九州の大宰府周辺に防御用の堤防である水城や朝鮮式山城を築きました。この国防の必要性が、国家の権限を中央に集中させる律令制整備の大きな要因となりました。
北海道公立高校入試(2016)類似
十七条の憲法
Q87
ある法令の条文には「一に曰く、和を以て貴しとなし…」「二に曰く、篤く三宝を敬へ…」という記述が見られる。この法令に関する説明として最も適切なものはどれか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
聖徳太子が制定し、役人が守るべき道徳や心構えを示した。
提示された条文は「十七条の憲法」のものである。これは豪族たちに対して、争いをやめて天皇に服従し、役人として真面目に働くよう求めた道徳的訓戒の意味合いが強い。「三宝」とは仏・法・僧(仏教)を指す。他の選択肢はそれぞれ公地公民(改新の詔など)、律令、御成敗式目の説明である。
大分県公立高校入試(2018)類似
飛鳥文化
Q88
7世紀前半に法隆寺の造営や釈迦三尊像の制作が行われた背景として、当時の政治的な動きを説明したものとして適切なものはどれか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
聖徳太子(厩戸王)や蘇我氏が仏教を重んじ、国家の基盤を整えようとした。
当時の有力な政治指導者であった聖徳太子や蘇我馬子は、新しく伝来した仏教を積極的に受け入れ、それを国の統治の理念や新しい技術の導入に役立てようと考えた。この政治的な背景が、飛鳥文化という大規模な仏教文化の開花につながった。
沖縄県公立高校入試(2017)類似
大化の改新後の律令制整備
Q89
701年に制定された、刑法にあたる「律」と、行政や民法などの決まりにあたる「令」を組み合わせた、律令国家としての仕組みを完成させた法典の名前を答えなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
大宝律令
唐の制度を手本として制定され、この法典の完成により、日本は天皇を中心に全国を統一的に支配する律令国家としての体制を整えました。
岩手県公立高校入試(2024)類似
壬申の乱
Q90
天智天皇が亡くなった後、その跡継ぎをめぐって672年に起こった、古代における最大の内乱の名称として適切なものはどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
壬申の乱
天智天皇の弟である大海人皇子と、その息子である大友皇子が皇位継承をめぐって対立した争いです。この戦いに勝利した大海人皇子は、その後の日本における中央集権体制の確立に大きな役割を果たしました。
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仏教
Q91
古代の日本において、大陸から伝来し、天皇の保護を受けて多くの寺院が建立された宗教を何といいますか。この宗教は、当時の国家づくりにおいて、進んだ知識や技術を取り入れる役割も果たしました。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
仏教
6世紀に大陸(朝鮮半島の百済など)から伝えられた仏教は、単なる信仰の対象としてだけでなく、文字(漢字)や建築技術、医学といった先進的な文明を日本にもたらす窓口となりました。聖徳太子(厩戸王)や後の聖武天皇などは、仏教の力を利用して天皇を中心とする国家体制の維持や安定を図ろうとしました。選択肢にある儒教も大陸から伝わりましたが、寺院を建立して国家の保護を受けた点において仏教がより適しています。
埼玉県公立高校入試(2022)類似
遣隋使の派遣
Q92
聖徳太子が定めた「十七条の憲法」には、役人が守るべき心得が記されています。このように国内で天皇中心の国づくりが進められていた時期に、隋へと使者が派遣された背景や目的について説明したものとして、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大陸の進んだ政治の仕組みや仏教を学び、中央集権的な国家体制を整えるため
聖徳太子は「官位十二階」や「十七条の憲法」を制定し、豪族が力を持つ社会から天皇を中心とした国家への転換を目指しました。その際、当時中国で高度な政治体制を敷いていた隋に使者を送り、制度や思想(仏教・儒教)を直接取り入れることで、日本の国家としての地位を高めようとした背景があります。
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遣隋使の派遣
Q93
7世紀初め、聖徳太子は中国の進んだ制度や文化を取り入れることを目的として、小野妹子らを隋(ずい)へ派遣しました。この外交政策の名称として正しいものを、次のうちから選んでください。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
遣隋使
聖徳太子は、推古天皇の摂政として政治を行う中で、小野妹子らを中国の隋へ派遣しました。これが遣隋使です。当時、中国は巨大な帝国として高度な文明を誇っており、日本はそこから法律や政治制度、仏教などの文化を直接学ぶことで、国力を高めようとしました。
鹿児島県公立高校入試(2015)類似
十七条の憲法
Q94
飛鳥時代に聖徳太子(厩戸皇子)が定めた「十七条の憲法」の内容と、その対象について説明したものとして最も適切なものはどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
役人が守るべき道徳や心得を示したもので、和を大切にすることや天皇の命令には必ず従うべきことなどが記されている。
聖徳太子は、推古天皇の摂政として中央集権国家の建設を目指しました。十七条の憲法は、当時の豪族たちに天皇に仕える「役人」としての自覚を持たせるために制定されたものです。儒教や仏教の思想を取り入れ、第一条では「和をもって貴しとなす(争いをせず協力し合うこと)」、第三条では「詔(天皇の命令)を承りては必ず謹め」と記し、天皇を中心とした政治体制の基礎を築こうとしました。
大分県公立高校入試(2015)類似
遣隋使の派遣
Q95
聖徳太子が小野妹子を隋へ派遣した目的として、当時の日本の政治状況や国づくりの方針を踏まえた説明として最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
中国の進んだ制度や文化を直接取り入れ、天皇を中心とする中央集権的な国づくりを進めるため
当時の日本は、豪族が強い勢力を持つ体制から、天皇を中心とした組織的な国家への転換を目指していました。冠位十二階や十七条の憲法の制定と並行して行われた遣隋使の派遣は、中国の官僚制や仏教精神を学ぶことで、強力な国家体制を築くための重要な手段でした。なお、大宝律令は8世紀、遣唐使の停止(菅原道真の建議)は9世紀の出来事であり、卑弥呼は3世紀の人物です。
鹿児島県公立高校入試(2015)類似
十七条の憲法
Q96
十七条の憲法の第一条には「和をもって貴しとなし、さからうことなきを宗(むね)とせよ」とあり、また第三条には「天皇の命令を受けたならば、必ずつつしんで従いなさい」という趣旨の内容が記されています。このように、この法が道徳的な教えを通じて役人の心得を説いた主な目的は何ですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
有力な豪族同士の争いを鎮め、天皇を中心とした中央集権的な国家体制を整えるため。
当時の日本は、有力な豪族がそれぞれ勢力を持ち、互いに争うことも少なくありませんでした。聖徳太子は、国家を一つの組織としてまとめるために、役人が守るべき道徳規範を示す必要があると考えました。豪族たちが「和」を重んじて対立を避け、最高権威である天皇に従うという秩序を作ることで、天皇を頂点とする組織的な統治(中央集権化)を推し進めようとしたのがこの法の背景です。
大分県公立高校入試(2018)類似
飛鳥文化
Q97
7世紀前半、聖徳太子(厩戸王)らが中心となって推進した、日本で最初の本格的な仏教文化を何というか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
飛鳥文化
百済などの渡来人を通じて伝えられた仏教を基盤とし、法隆寺に代表される寺院建築や仏像制作が盛んになった時期の文化を指す。これは日本における仏教文化の原点であり、大陸や朝鮮半島の技術が色濃く反映されている。
岩手県公立高校入試(2022)類似
蘇我氏と仏教の布教
Q98
飛鳥時代の政治において、蘇我氏が物部氏との争いに勝利し、仏教の布教を強力に推し進めた背景として最も適切な理由はどれか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 0%(1回)
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
仏教とともに大陸の進んだ技術や制度を導入し、一族の政治的地位を高めるため
当時の仏教は単なる信仰対象だけでなく、大陸の最新の学問や建築技術、外交知識とセットで伝来しました。蘇我氏はこれらの先進文化を独占的に取り入れることで、伝統的な神事を重視し仏教排除を主張した物部氏を圧倒し、朝廷内での主導権を握ろうとしました。
岩手県公立高校入試(2024)類似
壬申の乱
Q99
壬申の乱に勝利して即位し、律令に基づく天皇中心の国づくりを強力に進めた人物は誰ですか。
★★ 基本
具体例
正答率 0%(1回)
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
天武天皇
大海人皇子は壬申の乱で勝利を収めた後、天武天皇として即位しました。天武天皇は、律令の編纂に着手したり、それまでの「大王」に代わって「天皇」の称号を本格的に使用し始めたりするなど、強力な指導力を発揮して国家の基盤を固めました。
大分県公立高校入試(2017)類似
遣隋使の派遣
Q100
607年に派遣された使節において、当時の中国の皇帝に「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す…」で始まる国書を届けたとされる、代表的な人物は誰か選択してください。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
小野妹子
聖徳太子は小野妹子を遣隋使として派遣し、中国(隋)の皇帝である煬帝に国書を渡した。この国書の内容は、これまでの中国王朝への従属的な立場ではなく、対等な立場での外交を求めたものであり、当時の日本の自立意識の現れとされている。
埼玉県公立高校入試(2022)類似
遣隋使の派遣
Q101
飛鳥時代、推古天皇の摂政であった聖徳太子が、中国を統一した王朝と国交を開き、大陸の進んだ制度や文化を取り入れるために派遣した使者を何といいますか。その名称と、派遣された代表的な人物の組み合わせとして適切なものを選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
遣隋使・小野妹子
推古天皇の時代、日本は中国を統一した隋に対して、小野妹子らを代表とする使節を派遣しました。これは大陸の優れた文化や政治制度を直接学ぶことが目的であり、それまでの中国王朝に従属する形ではなく、対等な立場での外交を目指した点に特徴があります。
大分県公立高校入試(2024)類似
白村江の戦い
Q102
663年の白村江の戦いにおいて、唐・新羅の連合軍に大敗した倭(日本)の政権が、大陸からの侵攻に備えて九州や瀬戸内沿岸で実施した防衛策として最も適切なものを選びなさい。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大宰府の北側に水城を築き、各地の要所に朝鮮式山城を造った
白村江の戦いで大敗を喫した倭の政権は、唐・新羅の連合軍が日本列島へ攻めてくることを恐れ、急ピッチで国防を整えました。中大兄皇子(天智天皇)は、亡命してきた百済の貴族の指導のもと、対馬や北九州から瀬戸内沿岸にかけて山城(朝鮮式山城)を築かせ、さらに九州の政治拠点である大宰府を守るために大規模な土塁と堀を持つ「水城(みずき)」を建設しました。また、防人(さきもり)を配置して沿岸の警備を強化しました。
沖縄県公立高校入試(2017)類似
十七条の憲法
Q103
聖徳太子が「十七条の憲法」の制定や「冠位十二階」の制度を導入した背景にある、当時の政治的な狙いとして最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
豪族同士の争いを鎮め、天皇を中心とした中央集権的な政治体制を整えるため
当時は蘇我氏などの有力豪族が政治の実権をめぐって対立していました。聖徳太子は、家柄ではなく才能や功績に応じて位を与える「冠位十二階」や、役人の心得を説く「十七条の憲法」を定めることで、豪族中心の政治から天皇を中心とするまとまりのある国づくりを目指しました。
沖縄県公立高校入試(2023)類似
大化の改新の断行者と打倒された勢力
Q104
中大兄皇子(天智天皇)らが、有力豪族であった蘇我氏を打倒して開始した「大化の改新」と呼ばれる政治改革の主な目的として、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
天皇を中心とした、新しい国家のしくみをつくること
蘇我氏のような特定の豪族が政治の実権を握る状況を打破し、土地や人民を国家(天皇)のものとする公地公民の制などを導入しようとしました。これは、当時の中国の律令制度を模範とした中央集権的な国家体制の構築を目指したものです。
熊本県公立高校入試(2023)類似
冠位十二階
Q105
聖徳太子(厩戸皇子)が冠位十二階を定めた背景には、どのような意図があったと考えられますか。当時の政治状況を踏まえた説明を選びなさい。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
特定の有力な氏族が政治を動かす仕組みから、天皇を中心とする役人による組織的な政治へ転換するため。
当時の政治は、蘇我氏などの有力な豪族が強大な権力を持っていました。聖徳太子や推古天皇は、こうした特定の家柄に依存する政治から脱却し、天皇が直接任命した「役人」による効率的な統治を目指しました。冠位十二階は、個人の能力を基準に役人を組織に組み込むことで、天皇の権威を高め、大陸の先進的な国家体制に近づけようとする目的がありました。
福島県公立高校入試(2024)類似
聖徳太子の政治と遣隋使
Q106
603年から607年ごろの飛鳥時代において、国内の政治体制を整えるために行われた政策と、同時期の対外政策の組み合わせとして正しいものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
家柄にとらわれず才能のある人物を役人に登用する冠位十二階を定め、小野妹子を遣隋使として派遣した。
聖徳太子は国内では603年に冠位十二階を定めて氏姓制度にとらわれない人材登用を行い、翌604年には十七条の憲法を制定して役人の道徳を示しました。これら国内の改革と並行して、607年には小野妹子を遣隋使として派遣し、対外的な地位の向上を図りました。中臣鎌足や白村江の戦いは後の天智天皇(中大兄皇子)の時代であり、金印は1世紀の「漢委奴国王」のものです。
北海道公立高校入試(2017)類似
新羅
Q107
日本の古代史に関する略年表を作成した際、663年の出来事として「倭の軍が、白村江の戦いで、唐と【 】の連合軍に敗れる」と記述する場合、空欄に当てはまる国名として適切なものはどれか。
★★ 基本
基礎
正答率 —
💡 答えを確認
✅ 正解
新羅
7世紀の朝鮮半島では高句麗、百済、新羅の三国が争っていました。新羅は中国の唐と連合し、660年に百済を滅ぼしました。日本(倭)は百済の復興を支援するために軍を送りましたが、663年の白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に大敗しました。その後、新羅は高句麗も滅ぼし、唐の勢力も退けて朝鮮半島を統一しました。選択肢にある高麗は、新羅の後に朝鮮半島を統一した10世紀の王朝であり、誤りです。
沖縄県公立高校入試(2022)類似
十七条の憲法
Q108
聖徳太子が定めた十七条の憲法の第一条には、「和をもって貴しとなす」という言葉が記されています。この言葉をあえて第一条に掲げ、役人の心得として強調した当時の政治的な背景として、最も適切な説明はどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
有力な豪族同士の対立を抑え、天皇を中心とした国家体制を構築しようとしたため
古墳時代から飛鳥時代にかけては、蘇我氏と物部氏の対立に代表されるように、有力な豪族が勢力争いを繰り返していました。聖徳太子は、官僚としての道徳規範を示すことで豪族たちをまとめ上げ、天皇の命令に従う官僚機構を作り上げることを目的としていました。
宮城県公立高校入試(2021)類似
国司の派遣
Q109
大宝律令が制定されたころ、中央の都から地方を統治するために、全国に置かれた「国」へ派遣された官吏を何と呼ぶか、最も適切なものを選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
国司
律令制度のもと、全国は国・郡・里(郷)という行政単位に分けられた。このうち「国」の行政・司法・軍事などを統括するために、中央の都から貴族が派遣された。これが国司である。これに対し、その下の単位である「郡」を治める郡司には、その土地の有力な豪族が任命された。
和歌山県公立高校入試(2022)類似
遣隋使(隋・小野妹子)
Q110
聖徳太子が小野妹子を中国の隋に派遣した際、隋の皇帝に宛てた国書の中に「日出づるところの天子、書を日没するところの天子に致す、恙なきや」という一節がありました。このような表現を用いて使節を派遣した聖徳太子の意図として、最も適切な説明を選んでください。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
中国を上位とする従来の形式ではなく、対等な立場での国交を樹立しようとするため
それまでの日本の外交は、中国の皇帝から称号を授かることで地位を認めてもらう「朝貢」の形式が一般的でした。しかし、聖徳太子は自らを「日出づるところの天子」と称し、隋の皇帝と対等の立場で交流しようと試みました。これには、日本の独立性を高めつつ、高度な技術や制度を吸収しようという目的がありました。
岩手県公立高校入試(2018)類似
聖徳太子による仏教の布教
Q111
聖徳太子が、十七条の憲法の中で「あつく三宝を敬え」と記すなど、政治に仏教を積極的に取り入れた目的として最も適切な説明を選んでください。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
仏教を精神的な支えとすることで、豪族を団結させ、天皇を中心とした国家体制を安定させるため
当時の日本は有力な豪族たちが勢力争いをしており、国家としてのまとまりに欠けていました。聖徳太子は、共通の信仰対象として仏教を広めることで、豪族たちの対立を解消し、中央集権的な国家を作り上げるための精神的基盤にしようと考えました。これは、冠位十二階や十七条の憲法といった制度改革とも連動した動きです。
宮城県公立高校入試(2022)類似
冠位十二階
Q112
飛鳥時代、中国や朝鮮半島から大陸の文化や制度が伝えられる中で導入された「冠位十二階」について、その目的を説明したものとして最も適切なものはどれか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
家柄にとらわれず、有能な人材を役人として採用するため
当時の日本は、大陸の進んだ文化を取り入れながら、天皇を中心とする国づくりを急いでいました。そのためには、世襲によって地位が決まる古い氏姓制度から脱却し、能力のある人物を政治の担い手として確保する必要がありました。この制度の背景には、同時期の食文化と同様に、大陸との活発な交流が影響しています。
長野県公立高校入試(2024)類似
法隆寺
Q113
仏教の伝来によって寺院建築が本格化した際、大規模な木材の需要が発生しました。近畿地方において巨木が枯渇し、森林の伐採規制が行われる要因の一つともなった、世界最古の木造建築を持つ寺院について述べた文として正しいものはどれか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
聖徳太子によって建立され、飛鳥時代の文化を現代に伝えている。
飛鳥時代に建立された法隆寺は、現存する世界最古の木造建築物です。仏教伝来によりそれまでの縦穴住居などとは異なる巨大な木造建築(寺院)が造られるようになり、建築用木材として多くの巨木が切り出されました。その結果、周辺地域での森林資源の枯渇を招き、後の時代における資源管理の重要性が認識されるきっかけにもなりました。
栃木県公立高校入試(2022)類似
小野妹子の派遣目的
Q114
飛鳥時代の対外関係について記した記録において、小野妹子が遣隋使として派遣された際、日本(倭)が隋に対して求めた外交上の姿勢や目的として、最も適切な説明はどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
中国の皇帝に対し、対等な地位での外交関係を求めること
聖徳太子が小野妹子に持たせた国書には「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す…」と記されていました。これは、これまでの中国を中心とした冊封体制(中国の皇帝の部下として認められる形式)から抜け出し、日本と隋が対等な立場であることを示そうとしたものです。当時の隋の皇帝・煬帝はこの文言を見て不快感を示しましたが、北方の勢力に対抗するために日本との関係を断つことはしませんでした。
北海道公立高校入試(2018)類似
聖徳太子
Q115
推古天皇の摂政として、才能や功績に応じて位を与える冠位十二階の制度や、役人の心構えを示す十七条の憲法を定めた人物は誰か。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
聖徳太子
推古天皇の協力者として、天皇中心の国づくりを進めたのは聖徳太子である。中臣鎌足は中大兄皇子とともに大化の改新を行い、天武天皇は壬申の乱の後に即位して律令国家の建設を進めた人物であるため誤り。
秋田県公立高校入試(2016)類似
中大兄皇子
Q116
飛鳥時代の略年表において、白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に敗れた直後の時期に行われた国防政策として、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
大宰府周辺に水城を築き、各地に山城を建設して防人を配置した。
白村江の戦いでの敗北後、中大兄皇子(天智天皇)は緊迫した国際情勢に対応するため、急速に防衛体制を整えました。福岡県の大宰府周辺に築かれた水城や、西日本各地の山城は、敵軍の上陸や進撃を阻止するための施設です。また、沿岸部の警備として防人を配置したことも、この時期の重要な特徴です。
秋田県公立高校入試(2016)類似
中大兄皇子
Q117
7世紀後半、朝鮮半島での「白村江の戦い」において唐・新羅の連合軍に大敗した倭(日本)は、大陸からの侵攻に備えて国防を強化しました。この時、西日本の各地に山城を築き、九州の沿岸に「防人」を配置した人物は誰ですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
中大兄皇子
663年の白村江の戦いで敗北した後、中大兄皇子は唐や新羅による日本本土への侵攻を強く警戒しました。そのため、大宰府を防御するための「水城」や西日本各地の「山城」を築くとともに、東国から集めた農民を「防人」として九州北部の警備にあたらせました。彼は後に天智天皇として即位し、近江大津宮へと遷都しました。
熊本県公立高校入試(2018)類似
古代国家の形成過程
Q118
大化の改新から始まった中央集権国家への移行は、701年の大宝律令の制定によって一つの完成を見た。この「律令国家」において、政治の基本的な仕組みとして導入された、土地と民衆を国家が直接支配する制度の考え方を何と呼ぶか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
公地公民
大化の改新の詔(みことのり)で示された最も重要な方針が、それまで豪族が私有していた土地や民を国家のものとする「公地公民」である。この方針は壬申の乱を経て強化され、大宝律令に基づく戸籍の作成や班田収授法の実施によって具体化された。これにより、国家が民衆から直接税(租・庸・調)を徴収する仕組みが確立した。
岩手県公立高校入試(2022)類似
水城の築造目的
Q119
7世紀の東アジア情勢において、朝鮮半島南西部での白村江の戦いに敗れた倭国が、九州北部に「水城」を築いた直接的な理由として、最も適切なものはどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
白村江の戦いでの敗北後、唐や新羅の侵攻から九州の政治拠点である大宰府を守るため
663年の白村江の戦いでの敗北は、当時の日本の対外政策に大きな転換をもたらしました。唐や新羅が攻めてくるという危機感から、天智天皇は対馬や壱岐、九州北部に防人を配置し、さらに大宰府周辺に朝鮮式山城や水城を建設して国土防衛を急ぎました。この問題は、国際関係の変動が国内の拠点整備に直結したという因果関係を理解することが重要です。
埼玉県公立高校入試(2023)類似
飛鳥文化
Q120
飛鳥文化が成立した背景として、当時の政治の動向と文化的な影響について述べた文章のうち、正しいものはどれか選びなさい。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
聖徳太子が仏教を厚く保護したことで、法隆寺などの寺院を拠点に、中国の南北朝時代の影響を受けた文化が花開いた。
飛鳥文化は、推古天皇の摂政であった聖徳太子や蘇我氏が仏教を政治に取り入れ、厚く保護したことで発展しました。当時の中国は南北に分かれていた「南北朝時代」にあたり、その建築様式や仏像制作の技法が百済(くだら)などを経由して日本に伝わりました。現存する世界最古の木造建築である法隆寺は、その代表例です。
鹿児島県公立高校入試(2018)類似
遣隋使
Q121
7世紀の日本の出来事をまとめた歴史の年表において、聖徳太子が小野妹子らを中国の隋へ派遣したという記述があります。この時、進んだ制度や文化を日本に持ち帰ることを目的として派遣された使節の名称を答えなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
遣隋使
聖徳太子は推古天皇の摂政として、当時中国を統一していた隋の進んだ制度や文化を積極的に取り入れることで、天皇中心の国づくりを進めようとしました。この目的のために派遣された使節が遣隋使であり、小野妹子がその代表的な人物として知られています。
山形県公立高校入試(2016)類似
天武天皇
Q122
672年に起きた皇位継承をめぐる最大の内乱である壬申の乱において、天智天皇の子である大友皇子を破って即位した人物は誰か。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
天武天皇
天智天皇の弟である大海人皇子は、壬申の乱で勝利した後に飛鳥浄御原宮で即位した。これ以降、それまでの「大王(おおきみ)」という称号に代わり「天皇」の称号が本格的に使われ始めたと考えられており、中央集権化が急進した。
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大化の改新
Q123
中大兄皇子とともに政治改革を主導し、後にその功績を称えられて「藤原」という姓を授かり、平安時代の摂関政治へとつながる一族の祖となった人物は誰ですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
中臣鎌足
中臣鎌足は、中大兄皇子の知恵袋として蘇我氏打倒の計画から改革の実行まで重要な役割を果たしました。死の間際に、これまでの功績によって「藤原」の姓を贈られ、その子孫である藤原氏は後の日本政治において大きな影響力を持つことになります。
沖縄県公立高校入試(2023)類似
大化の改新の断行者と打倒された勢力
Q124
645年に起こった政治改革において、中臣鎌足(藤原鎌足)らとともに、権勢を振るっていた蘇我氏を倒し、後に天智天皇として即位した人物は誰ですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
中大兄皇子
唐(中国)の制度に習い、天皇を中心とする中央集権国家の確立を目指して行われた改革が大化の改新です。中大兄皇子は蘇我入鹿らを排除することで、有力豪族による政治から、天皇が直接統治する仕組みへと転換を図りました。
大分県公立高校入試(2020)類似
十七条の憲法
Q125
飛鳥時代の出来事をまとめた年表において、遣隋使の派遣と同時期の国内体制の整備として位置づけられる法があります。聖徳太子(厩戸王)が役人の心得を示すために制定し、天皇を中心とした国づくりの基礎となったものを何といいますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
💡 答えを確認
✅ 正解
十七条の憲法
聖徳太子(厩戸王)は604年にこの法を定めました。これは現代の憲法とは異なり、役人(官吏)が守るべき道徳や政治の心得を説いたものです。第一条の「和をもって貴しとなす」という言葉が有名であり、豪族たちの争いを鎮め、天皇に従う体制を整える目的がありました。
沖縄県公立高校入試(2017)類似
十七条の憲法
Q126
飛鳥時代、聖徳太子が推古天皇の摂政として制定した「十七条の憲法」の第一条には、「和(わ)をもって貴(たっと)しとなし、さからうことなきを、宗(むね)となせ」という記述があります。この法令が主な対象としていた人々と、その目的の組み合わせとして正しいものはどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
天皇に仕える役人に対し、政治を行う上での道徳的な心構えを説くため
聖徳太子は、有力な豪族たちが勢力を争っていた当時の状況を改善しようと考えました。そこで、役人(貴族)たちに対し、天皇の命令に従うことや、争いをやめて和を大切にすることなど、官僚としての道徳規範を十七条にわたって示しました。これはのちの中央集権国家の形成に向けた重要な一歩となりました。
大分県公立高校入試(2024)類似
遣隋使・遣唐使の派遣
Q127
7世紀半ばまでの日本が、遣隋使や初期の遣唐使を派遣して中国の王朝と交流を持った主な目的として、最も適切な説明はどれか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
中国の進んだ制度や文化を取り入れることで、国内の政治体制を整え国力を高めるため。
当時の日本は、中国の高度な政治制度(律令制)や仏教、芸術、学問などを組織的に導入することで、中央集権的な国家体制を確立しようとしました。白村江の戦いよりも前の時期から行われていたこれらの派遣は、国内の制度改革を主眼に置いたものであり、奈良時代の聖武天皇による大仏建立や、後の時代に行われる政策とは背景が異なります。
大分県公立高校入試(2018)類似
十七条の憲法
Q128
聖徳太子が行った政治改革のうち、「詔(天皇の命令)を承けては必ず謹め」といった記述が含まれ、仏教を敬うことや官吏(役人)が守るべき道徳を示したものはどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
十七条の憲法
604年に制定された十七条の憲法は、日本最初の成文法としての性格を持ちますが、現代の法律とは異なり、役人が政治を行う上での「心得」を説いたものです。同じく聖徳太子の政策である冠位十二階は「個人の才能を評価する制度」であり、この憲法とあわせて天皇中心の政治を支える基盤となりました。
和歌山県公立高校入試(2020)類似
法隆寺
Q129
飛鳥時代に聖徳太子(厩戸王)によって建立されたと伝えられる、奈良県に位置する寺院の特色として正しいものを次の中から選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
現存する世界最古の木造建築物であり、大陸の影響を受けた飛鳥文化を代表する寺院である。
聖徳太子が建立したとされる法隆寺は、現存する世界最古の木造建築群として知られ、1993年に日本で初めてユネスコの世界文化遺産に登録されました。この時期の文化は飛鳥文化と呼ばれ、朝鮮半島や中国大陸を経由して伝わった仏教文化が中心となっており、建築や仏像には西アジアやギリシャの影響も見られます。選択肢にある東大寺は大仏で知られる奈良時代の寺院、唐招提寺は鑑真が建立した寺院、東寺などは平安時代の密教に関連する寺院です。
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大化の改新
Q130
645年に中大兄皇子と中臣鎌足らが、有力豪族であった蘇我氏を倒して始めた、天皇中心の国づくりを目指す一連の政治改革を何と呼びますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
大化の改新
蘇我氏による権力の独占を打破し、唐の制度を参考にしながら天皇が全国を直接支配する仕組みを整えようとした改革です。この時期には日本で初めて「大化」という年号が使われ、公地公民の制などが打ち出されました。中大兄皇子は後に天智天皇として即位し、律令国家の基礎を固めました。
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法隆寺
Q131
日本の歴史的な建築物に関する説明において、奈良県に所在し、飛鳥文化の特色を今日に伝える「世界最古の木造建築物」を指す名称として正しいものはどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
法隆寺
奈良県斑鳩町にある法隆寺は、7世紀初めの飛鳥文化を象徴する寺院です。東大寺や唐招提寺は奈良時代の天平文化を代表する建築であり、平等院鳳凰堂は平安時代の国風文化を代表するものです。法隆寺の西院伽藍は、世界で最も古い木造の建物として国際的にも高い価値が認められています。
青森県公立高校入試(2022)類似
大化の改新
Q132
大化の改新において、天皇を中心とする新しい支配の仕組みを作るために掲げられた方針として、最も適切な記述はどれか。
★★ 基本
背景
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
土地と人民を国家が直接支配する公地公民制の確立を目指した
改革の基本方針である「改新の詔」では、それまで豪族が個別に所有していた土地や人民を、天皇(国家)のものとする「公地公民」の原則が示されました。他の選択肢はそれぞれ、聖徳太子、聖武天皇、桓武天皇による政策の説明です。
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唐
Q133
8世紀ごろの東アジアの情勢を説明した次の文章において、空欄に当てはまる語句の組み合わせとして正しいものはどれか。「中国大陸では( ① )が広大な領土を支配しており、その都である長安は国際色豊かな都市として栄えた。また、同時期の朝鮮半島では( ② )が半島を統一しており、日本とも活発な交流があった。」
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
①:唐、②:新羅
7世紀後半、唐は朝鮮半島の新羅と結んで百済と高句麗を滅ぼしました。その後、新羅は唐の勢力を半島から退けて統一を果たします。8世紀は、中国では唐が全盛期を迎え、朝鮮半島では統一新羅が安定した統治を行っていた時期に当たります。
和歌山県公立高校入試(2014)類似
新羅による朝鮮半島の統一
Q134
新羅が唐と結び朝鮮半島の統一を進める過程で、日本(倭国)は百済を救援するために軍を派遣しましたが、唐・新羅の連合軍に大敗しました。この戦いの名称と、その後の日本がとった対応に関する説明として、正しい組み合わせを選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
白村江の戦いで敗れ、唐や新羅の侵攻に備えて九州に防人や水城を置いた
663年の白村江の戦いでの大敗後、当時の政権(天智天皇)は、唐や新羅が日本へ侵攻してくることを強く警戒しました。そのため、九州に防人を配備し、大宰府の北側に水城(土塁と溝による防衛施設)を築くなど、国土の防衛体制を急速に整えることとなりました。
福島県公立高校入試(2020)類似
十七条の憲法
Q135
聖徳太子が「十七条の憲法」を制定した目的やその内容についての説明として、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
豪族たちに役人としての自覚を持たせ、争いを避けて天皇の命令に従う体制を整えるため
当時の政治は有力な豪族たちの連合体のような性格が強く、しばしば対立が起きていました。聖徳太子は、仏教や儒教の思想を背景に「和」の精神や「天皇の命令への服従」を説くことで、豪族を天皇に仕える「役人」へと変貌させ、中央集権的な国家をつくる基盤を固めようとしました。
福島県公立高校入試(2018)類似
水城と白村江の戦い
Q136
663年に朝鮮半島で起こった白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に敗れた後、大和政権は九州の防衛を強化しました。このとき、博多湾から太宰府へ侵攻してくる敵を防ぐために築かれた、全長約1.2kmに及ぶ大規模な土塁と堀で構成された防衛施設を何といいますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
水城
白村江の戦いで敗北した大和政権は、唐や新羅による日本本土への侵攻を強く警戒しました。特に九州の政治・外交の拠点であった太宰府を守るため、その北側に巨大な堤防のような土塁を築き、さらに外側に水を蓄えた堀を設けることで、博多湾方面からの敵の進入を阻止しようとしました。この施設は「水城」と呼ばれ、現在の福岡県にその遺構が残っています。
北海道公立高校入試(2024)類似
水城
Q137
7世紀後半、日本が白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に敗れた後、九州北部の防衛を強化するために大宰府の北西に築かれた、全長約1.2kmに及ぶ巨大な土塁と堤防からなる防衛施設を何といいますか。
★ やさしい
基礎
正答率 100%(1回)
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
水城
663年の白村江の戦いで大敗した倭(日本)は、唐や新羅が日本列島へ侵攻してくることを強く警戒しました。そのため、天智天皇(中大兄皇子)は九州北部の外交・軍事の拠点であった大宰府を保護するため、福岡平野の最も狭まった場所に巨大な土塁を築き、その外側に水を貯えた「水城」を建設して防衛線を整えました。
和歌山県公立高校入試(2019)類似
律令国家の成立過程
Q138
大化の改新で示された「公地公民」の制度と、その後に作成された「庚午年籍(こうごねんじゃく)」の目的として、最も適切な説明はどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
豪族による土地や人民の私有を禁じて国家の管理下におき、税を徴収するための基礎となる人民の把握を行うため
公地公民は、それまで豪族が私有していた土地(田荘)や人民(部曲)を、天皇・国家が直接支配する体制へと変える方針です。これを実現するために、日本最古の全国的な戸籍とされる庚午年籍(670年)などが作成され、一人ひとりの人民を把握することで、租・庸・調といった税の徴収や兵役の割り当てが可能になりました。
熊本県公立高校入試(2018)類似
古代国家の形成過程
Q139
7世紀から8世紀にかけて、日本は天皇を中心とする中央集権的な律令国家の形成を目指した。この過程で起きた「大化の改新」「壬申の乱」「大宝律令の制定」の3つの出来事を、発生した時期が古いものから順に並べたものとして正しいものはどれか。
★★ 基本
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
大化の改新 → 壬申の乱 → 大宝律令の制定
645年の大化の改新によって蘇我氏が倒され、天皇中心の政治への転換が始まり、公地公民の原則が示された。その後、672年の壬申の乱に勝利した天武天皇が強力な権力を握り、中央集権化を加速させた。その一連の流れの到達点として、701年に本格的な律令である大宝律令が制定され、法に基づいた統治体制が整った。
秋田県公立高校入試(2019)類似
富本銭
Q140
7世紀後半、律令に基づく中央集権的な国家体制を整える過程で鋳造された、わが国最初の銅銭として正しい名称を選択肢から選びなさい。
★★ 基本
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
富本銭
長らく708年に発行された和同開珎が日本最古の貨幣とされてきましたが、近年の飛鳥池遺跡などの発掘調査により、7世紀後半の天武天皇の時代に「富本銭」が鋳造されていたことが判明しました。これは、当時の政府が唐の制度にならって国家の威信を示し、律令国家としての体裁を整える目的があったと考えられています。
群馬県公立高校入試(2016)類似
律令
Q141
8世紀の初め、現在の群馬県にあたる地域に建てられた「多胡碑」には、朝廷の命令によって新たな郡が設置されたことが記されています。このように、唐の制度にならって定められた法律に基づき、地方の行政区画を整備することで形成された、天皇を中心とする中央集権的な国家の仕組みを何といいますか。
★★ 基本
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
律令国家
7世紀後半から8世紀にかけて、日本は中国(唐)の高度な統治システムを取り入れ、刑罰を定めた「律」と、政治の仕組みを定めた「令」を整備しました。これにより、全国を国・郡・里といった行政区画に分け、中央から役人を派遣して土地と人民を直接支配する中央集権体制が確立されました。多胡碑はこの仕組みが地方まで浸透していたことを示す資料です。
熊本県公立高校入試(2020)類似
蘇我馬子
Q142
当時の有力な豪族の家系図において、蘇我稲目の子であり、推古天皇や聖徳太子とも深い血縁関係を持つ人物が行った政治的行動として、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
仏教の採用に反対する勢力を退け、大陸の新しい文化や制度を取り入れて国家の近代化を図った。
蘇我馬子は蘇我稲目の息子であり、自らの娘を天皇に嫁がせるなどして天皇家の外戚として強い権力を握りました。彼は仏教を積極的に受け入れることで、大陸の高度な技術を持つ渡来人と結びつき、古い慣習に縛られない新しい国家体制を目指しました。この過程で仏教反対派の物部氏と激しく対立しました。
和歌山県公立高校入試(2021)類似
冠位十二階
Q143
飛鳥時代、聖徳太子(厩戸王)は、それまでの氏姓制度のように家柄で地位が決まる仕組みを改め、個人の才能や功績に応じて役人の位を授ける制度を整えました。この制度を何といいますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
冠位十二階
当時の政治体制は、有力な氏族が世襲によって高い地位を独占する傾向にありましたが、聖徳太子は天皇を中心とした中央集権的な政治を進めるため、実力のある人材を登用する必要があると考えました。この制度の導入により、功績を上げた者は昇進も可能になり、官僚機構の基礎が築かれました。
秋田県公立高校入試(2022)類似
天皇と仏教への崇敬
Q144
「和を以て貴しとなし」という言葉から始まり、仏・法・僧の三宝を敬うことや、天皇の命令を受けた際には必ずそれに従うべきことなどが役人の心得として示された、聖徳太子(厩戸王)が定めたとされる規範を何といいますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
十七条の憲法
飛鳥時代、推古天皇の摂政であった聖徳太子が、豪族たちに対して国家の役人としての自覚を促すために作成したものです。それまでの氏族単位の政治から、天皇を中心とした中央集権的な国家体制へと移行するための道徳的な規範として機能しました。この中では、儒教や仏教の教えが取り入れられています。
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算数分数のかけ算
・分数 × 整数
整数も「1分の~」という分数に変身させれば、あとはいつものかけ算のルールで計算できることを理解する。
・分数 × 帯分数
計算の前に帯分数を仮分数に直す、という大事なひと手間を加えれば、どんなかけ算も解けることを身につける。
・小数 × 分数
小数も分数という同じ仲間に直してしまえば、かけ算のルールが使え、違う種類の数の計算もできるという自信を持つ。
算数分数の割り算
・分数 ÷ 整数
整数を「1分の~」の分数に変身させてからひっくり返し(逆数にし)、かけ算に直して計算する流れを覚える。
・分数 ÷ 分数
「わる数の分母と分子をひっくり返してかける」という、わり算で一番大事なルールを確実にマスターする。
・小数 ÷ 分数
小数も分数に変身させれば、どんなわり算も「ひっくり返してかける」という必殺技で解けることを実感さする。
運営者情報
| 住所 | 宮城県仙台市太白区八木山弥生町16-17 |
|---|---|
| 運営会社 | ARINA partners株式会社 |
| 代表者 | 高橋渉 |
| 連絡先 | info@arinna.co.jp |
| 連絡先② | 0568-50-2677 |
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