
【過去問一問一答】中学社会歴史でよく出る問題(弥生時代)入試、定期テスト対策
📌 この記事でわかること
- ・全国の公立高校入試問題(社会)5,150件を分析
- ・弥生時代が出題される割合は、歴史分野の中で1.6%
- ・分析結果から類似問題59件を作成
- ・類似問題を解いて、定期テスト対策・入試対策に差をつけよう!
当サイトは、全国の公立高校入試の過去問を独自にデータベース化し、社会科における5,150件もの知識項目を徹底的に分析しています。その膨大なデータの中で、 弥生時代 は歴史分野全体の1.6%を占める重要単元として位置づけられています。
これまでに分析した 弥生時代 に関する総問題数は59問。その出題傾向を精査すると、非常に明確な特徴が見えてきます。この単元は全国14都道府県で出題されており、中でも頻出テーマの第1位は、全体の14%を占める 卑弥呼 です。
受験勉強において最も大切なのは、限られた時間の中でいかに効率よく得点を伸ばすかという戦略です。 稲作 の開始による社会の変化や、 邪馬台国 をめぐる中国との関わりなど、入試で狙われるポイントは決まっています。データが示す「出る順」を意識して学習することで、最短ルートで合格への得点力を身につけていきましょう。
📚 科目別の知識項目数(社会 全5,150件)
| 科目 | 過去に出題された件数 | 出題率 | |
|---|---|---|---|
| 地理 | 1,762 件 | 34.2% | |
| ▶ 歴史 | 1,713 件 | 33.3% | |
| 公民 | 1,571 件 | 30.5% |
📖 歴史の単元別 知識項目数(歴史内での割合・全21単元)
| 単元 | 過去に出題された件数 | 出題率 | |
|---|---|---|---|
| 江戸時代 | 249 件 | 14.5% | |
| 明治時代 | 205 件 | 12% | |
| 昭和時代(戦後) | 166 件 | 9.7% | |
| 鎌倉時代 | 136 件 | 7.9% | |
| 大正時代 | 128 件 | 7.5% | |
| 室町時代 | 109 件 | 6.4% | |
| 平安時代 | 108 件 | 6.3% | |
| 奈良時代 | 97 件 | 5.7% | |
| 昭和時代(戦前) | 89 件 | 5.2% | |
| 安土桃山時代 | 79 件 | 4.6% | |
| 明治維新 | 78 件 | 4.6% | |
| 幕末・開国 | 69 件 | 4% | |
| 飛鳥時代 | 65 件 | 3.8% | |
| ▶ 弥生時代 | 27 件 | 1.6% | |
| 平成・現代 | 26 件 | 1.5% | |
| 人類の出現と文明 | 26 件 | 1.5% | |
| 戦国時代 | 25 件 | 1.5% | |
| 古墳時代 | 20 件 | 1.2% | |
| 縄文時代 | 8 件 | 0.5% | |
| 国際連合 | 2 件 | 0.1% | |
| 基本的人権 | 1 件 | 0.1% |
📊 出題傾向分析(弥生時代)
分析した知識項目(社会)
5,150 件
歴史内での占有率
1.6 %
出題都道府県数
14 都道府県
🏆 頻出テーマランキング
🥇 卑弥呼8問(14%)
🥈 銅鐸4問(7%)
🥉 高床倉庫4問(7%)
4位 環濠集落3問(5%)
5位 青銅器の祭具化3問(5%)
📍 出題都道府県(全期間)
大分県熊本県沖縄県北海道鹿児島県岩手県長野県秋田県群馬県茨城県和歌山県埼玉県山形県福島県
📅 直近3年の出題県
沖縄県(2024)北海道(2024)秋田県(2024)岩手県(2023)長野県(2023)大分県(2023)
5,150件の入試問題を徹底分析した結果、歴史分野における弥生時代の占有率は**1.6%**です。一見低く感じるかもしれませんが、裏を返せば「出るポイントが極めて限定的で、対策さえすれば確実に得点源にできる」ボーナス単元だと言えます。
まず、データが示す圧倒的な頻出トピックを押さえましょう。
第1位は、8問の出題を記録した**卑弥呼**です。中国の歴史書である『**魏志倭人伝**』の記述や、**邪馬台国**、そして魏から授かった**親魏倭王**の称号と**銅鏡**はセットで完璧にしてください。
第2位は同率(4問)で、祭祀に使われた**銅鐸**などの青銅器、そして湿気やネズミの害を防ぐために作られた**高床倉庫**です。特に**高床倉庫**は、図版(イラスト)を見てその名称と「なぜこの形なのか」という理由を記述させる問題が定番です。
ここで、直近の動向に注目してください。2024年度には**沖縄県**、**北海道**、**秋田県**、2023年度には**岩手県**、**長野県**と、全国各地で連続して出題されています。これは「弥生時代はもう古い」のではなく、今まさに旬のテーマとして狙われている証拠です。特に北から南まで広範囲で出題されているため、どの地域の受験生も決して油断はできません。
合格を勝ち取るための最大の戦略は、単なる用語の暗記ではなく「社会の仕組みの変化」という背景を理解することです。
弥生時代に**稲作**が本格化したことで、食料の蓄えが可能になりました。これが**貧富の差**を生み、土地や水をめぐる**争い**へと発展しました。その結果、ムラが統合されて「クニ」ができ、防御を固めた**吉野ヶ里遺跡**のような環濠集落が誕生したのです。
「**稲作**の開始」→「**貧富の差**と**争い**」→「クニの誕生と**卑弥呼**による統治」という一連のストーリーを頭に叩き込んでください。この背景さえ掴んでおけば、記述問題でどんな角度から問われても、自信を持って解答用紙を埋めることができるはずです。
目次
【弥生時代】一問一答チェックリスト(全問59問)
最終更新日:2026/03/02
大分県公立高校入試(2020)類似
銅鐸
Q1
弥生時代の社会や文化について述べた次の文のうち、近畿地方を中心に分布する青銅器である「銅鐸」の特徴や背景を説明したものとして最も適切なものはどれか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
稲作の豊作を願う祭りの道具として使われ、表面には当時の人々の生活の様子が描かれることもあった。
銅鐸は、弥生時代の人々にとって極めて重要であった稲作の祭礼に深く関わっています。表面に描かれた鹿を狩る様子や、高床倉庫、脱穀する人々の姿などの絵画資料は、文字を持たなかった当時の社会を知るための貴重な手がかりとなっています。なお、九州北部で多く見られるのは銅剣や銅矛であり、銅鐸とは分布域が異なります。
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青銅器
Q2
弥生時代に大陸から伝来した金属器に関する統計資料において、武器や工具として実用的に使われたものとは別に、主に祭祀や儀式の道具として分類される金属器があります。銅鐸や銅鏡などが代表例である、この金属器の名称として適切なものを選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
青銅器
弥生時代には、鉄器とほぼ同時期に大陸から青銅器が伝わりました。鉄器がその硬さを活かして武器や農具、工具として実用的に使われたのに対し、青銅器は磨くと光り輝く性質などから、豊作を祈る祭り(祭祀)や村の重要な儀式に用いられる特別な道具として重宝されました。
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環濠集落
Q3
弥生時代に環濠集落が形成されるようになった直接的な背景として、最も適切な説明はどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
稲作が始まり、土地や水の利権、蓄えられた食料をめぐる集落同士の争いが激しくなったため。
縄文時代の狩猟・採集中心の生活から、弥生時代の稲作中心の生活へ移行すると、余剰生産物の蓄えや水田に適した土地をめぐって貧富の差や集落間の対立が生まれました。こうした紛争(戦争)の証拠として、防御用設備を備えた環濠集落や、矢を射込まれた人骨などが各地で発見されています。
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弥生時代の争いの激化
Q4
弥生時代の遺跡から発掘される人骨に見られる特徴のうち、当時の社会において集落間の対立が激化したことを示す根拠として正しいものはどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
骨に武器による殺傷跡があったり、本来あるはずの頭部がない状態で発見されたりすること
弥生時代の遺跡では、戦いによって傷ついた人骨や、鋭利な道具で切断された跡がある人骨がしばしば発見されます。これは、土地や水をめぐる「争い」が社会的に定着したことを示す考古学的な証拠です。銅鐸は祭りや儀式に用いられた道具であり、争いの直接的な証拠ではありません。また、古墳に埋葬されるようになるのは後の古墳時代の特徴であり、弥生時代の争いの証拠とは区別する必要があります。
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卑弥呼
Q5
邪馬台国の女王卑弥呼に関する記述として、最も適当なものはどれか。
★★★ 標準
背景
正答率 0%(1回)
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
魏に使いを送り、「親魏倭王」の称号や多数の銅鏡を授かった。
『魏志』倭人伝には、卑弥呼が239年に魏へ使いを送り、その返礼として金印や銅鏡100枚を与えられたと記されています。他の選択肢は、それぞれ推古天皇、持統天皇、神功皇后に関連する内容であり、卑弥呼の事績ではありません。
鹿児島県公立高校入試(2022)類似
弥生時代
Q6
弥生時代に大陸から伝わった技術や文化が、当時の社会に与えた影響を説明した文として、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
稲作の普及により食料の蓄えが可能になり、貧富の差や集団をまとめる王が現れた。
稲作の開始は、単なる食生活の変化にとどまらず、社会構造に劇的な変化をもたらしました。収穫した米を蓄えることで余剰生産物が生まれ、それを管理・所有する層が現れたことで、貧富の差や身分の違い(階級)が生じました。その結果、小国を治める王のような強力な指導者が登場し、中国の歴史書にある「100余りの国」のような政治的なまとまりが形成される要因となりました。なお、青銅器は主に祭祀用であり、実用的な農具は鉄器が担いました。
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邪馬台国
Q7
3世紀の中国(魏)の歴史書には、当時の日本の様子が記述されています。邪馬台国の女王である卑弥呼が、魏の皇帝から授かった称号と品物の組み合わせとして正しいものはどれですか。
★ やさしい
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
親魏倭王の称号と、金印や銅鏡
中国の歴史書(魏志倭人伝)によると、3世紀に邪馬台国の卑弥呼が魏へ使いを送り、朝貢を行いました。その際、魏の皇帝から「親魏倭王」という称号とともに、その証となる金印や100枚の銅鏡などの返礼品を授けられたと記されています。なお、1世紀(紀元57年)に後漢の光武帝から金印を授かったのは奴国の王であり、混同しないよう注意が必要です。
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漢委奴国王の金印と朝貢
Q8
1世紀頃の東アジアにおいて、中国の皇帝が周辺国の支配者に対して「みつぎ物」の見返りとして「称号」や「印」などを与える国際秩序がありました。倭の王が中国へ使いを送った歴史的背景や目的として最も適切な説明はどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
中国の皇帝に臣下として認められることで、自らの支配者としての地位を国内や周辺に示そうとした。
当時の倭の王は、東アジアで圧倒的な権威を持っていた中国の皇帝に「朝貢」し、その臣下として認められる(冊封を受ける)ことで、自らの支配の正当性を強化しようとしました。これは対等な外交ではなく、中国を中心とした主従関係に基づく国際秩序の中に組み込まれることを意味しています。
沖縄県公立高校入試(2024)類似
「魏志」倭人伝
Q9
3世紀の中国の歴史書には、当時の倭(日本)の様子が詳しく記されています。邪馬台国の女王である卑弥呼が亡くなった際、直径100余歩(約150メートル)もの大きな塚が造られ、100人余りの奴隷が一緒に埋められたといった、当時の社会の様子や埋葬の風習を伝えている資料の名称を選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
「魏志」倭人伝
中国の三国時代における「魏」の歴史を記した『三国志』の一部である「魏志」倭人伝には、邪馬台国の女王卑弥呼が魏の皇帝から「親魏倭王」の称号や金印を授かったこと、そして彼女の死後に巨大な墳丘墓が造られたことなどが詳細に記述されています。この記述は、その後の日本における古墳文化の成立を考える上でも重要な手がかりとなっています。
沖縄県公立高校入試(2024)類似
環濠集落
Q10
弥生時代の社会の変化について述べた文として、当時の集落のあり方や道具の特徴を正しく説明しているものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
集落の周りに堀や柵を巡らせ、薄くて硬い土器や鉄器・青銅器などの金属器を使用した。
弥生時代は、稲作の普及に伴い金属器(鉄器・青銅器)や、縄文土器に比べて薄くて硬い弥生土器が使われ始めました。社会構造の変化により、争いから身を守るための環濠集落が築かれたのがこの時期の大きな特徴です。縄目の文様がある土器や、防御施設のない大規模集落(三内丸山遺跡など)は主に縄文時代の特徴です。
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青銅器の祭具化
Q11
弥生時代に大陸から伝わった金属器のうち、銅剣や銅矛、銅鐸などの青銅器は、時代が進むにつれて本来の武器としての役割から変化し、どのような目的で用いられるようになりましたか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
豊作などを祈るための祭りの道具
大陸から稲作の技術とともに伝わった青銅器は、当初は武器としての形を持っていましたが、次第に大型化・薄型化していきました。これは実戦で使うためではなく、村のまとまりを強めるための祭りや儀式において、神を祀るための「祭具(祭礼具)」として重宝されるようになったためです。
沖縄県公立高校入試(2022)類似
弥生時代の争いの激化
Q12
弥生時代の遺跡から発掘された人骨の中には、石の鏃(やじり)が刺さっていたり、鋭利な刃物によるものと思われる殺傷跡が残っていたりするものが多数見つかっています。このような人骨の発見から、当時の社会状況について推測されることとして最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
水田稲作の普及にともない、土地や水をめぐる集落間の争い(戦い)が激しくなったこと
弥生時代に始まった水田稲作は、安定した収穫を得るために良好な土地の確保や用水路の管理が不可欠でした。これにより、資源をめぐる集落同士の利害対立が生まれ、人骨に残された殺傷跡や頭部のない人骨は、武力を用いた激しい争い(戦い)が日常的に行われていたことを物語っています。縄文時代にはこうした殺傷跡のある人骨は稀であり、生産活動の変化が社会構造を大きく変えたことを示しています。
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卑弥呼
Q13
3世紀頃の日本(倭)の様子について記された中国の歴史書『魏志』倭人伝には、「長年、国々が争い合って混乱していたため、人々は一人の女子を王に立てた」という趣旨の記述があります。このとき、邪馬台国の女王として擁立された人物は誰ですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
卑弥呼
弥生時代後期、倭(日本)では小国同士の激しい抗争が続いていました。この乱れを収めるために、約30の国々の連合体である邪馬台国の女王として立てられたのが卑弥呼です。彼女はまじないなどの宗教的な力を背景に政治を行い、混乱していた国内をまとめ上げました。
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銅鐸(祭祀具)
Q14
弥生時代に大陸から日本列島へ伝わった金属器の特色について、銅鐸の性質をふまえて説明したものとして、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
青銅器は、鉄器に比べて祭礼や儀式に用いられる傾向が強く、銅鐸もその一種であった
弥生時代には、青銅器と鉄器がほぼ同時に大陸から伝わりました。実用的な道具として、鋭利な刃物が必要な武器や工具には「鉄器」が主に使われた一方で、光沢があり希少な「青銅器」は、銅鐸や銅鏡、銅剣(儀礼用)のように、祭礼や集落の権威を示すための道具として使い分けられました。銅鐸は特に稲作の豊穣を願う集落の共同祭祀に深く関わっていました。
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「魏志」倭人伝
Q15
中国の歴史書とそこに記された倭(日本)に関する記述の組み合わせについて、記述内容から判断して「魏志」倭人伝の説明として最も適切なものを選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
邪馬台国の卑弥呼が使いを送り、死後には大きな塚が作られて100人余りの人々が殉葬されたとする記述
「魏志」倭人伝は、邪馬台国の政治体制や女王卑弥呼の死、そしてその後の大規模な埋葬儀礼について具体的に伝えています。他の選択肢について、100余りの国に分かれていたとするのは紀元前1世紀頃の「漢書」地理志、金印の授与や倭国の乱れ(倭国大乱)は1世紀から2世紀頃の様子を記した「後漢書」東夷伝、天子を自称したのは7世紀初頭の「隋書」倭国伝の記述です。
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稲作の伝来による社会の変化
Q16
稲作の伝来によって食料を蓄えることが可能になると、社会の仕組みが大きく変化しました。土地や水をめぐる争いが発生し、富や権力を持つ者が現れたことで生じた、当時の社会の変化として正しい説明を選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
各地に「クニ」と呼ばれるまとまりができ、それを支配する「王」が現れた。
稲作によって余剰生産物が生まれると、蓄えの多い者と少ない者の間で貧富の差が生じました。また、水資源を管理するリーダーが権力を持つようになり、小さな集団が統合されて「クニ」が形成されました。それらを統治する「王」が登場したことは、中国の歴史書にも記されています。なお、戸籍による口分田の支給は、後の律令国家の仕組み(班田収授の法)にあたります。
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銅鐸
Q17
弥生時代に作られた青銅器の一種で、釣鐘のような形をしており、表面に流水紋や当時の狩猟・農耕の様子が描かれていることがある、稲作の祭りなどに使われたとされる遺物を何というか名称を答えなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
銅鐸
大陸から伝わった金属器の技術により、弥生時代には青銅器や鉄器が作られるようになりました。銅鐸は近畿地方を中心に分布しており、初期のものは音を鳴らすための楽器のような役割でしたが、次第に大型化し、稲作の豊作を祈る祭祀(祭り)のための道具として用いられるようになったと考えられています。
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卑弥呼
Q18
邪馬台国の女王である卑弥呼が、中国の魏(ぎ)へ使いを送り、皇帝から「親魏倭王」の称号や金印、多数の銅鏡を授かった政治的な背景として、最も適切な説明はどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
魏の後ろ盾を得ることで自らの権威を高め、国内の統治や他国との関係を有利に進めるため
卑弥呼が魏に朝貢したのは、当時アジアで強大な勢力を持っていた中国の皇帝から「王」として認められることで、国内の他の勢力に対して自分の正当性を示す目的がありました。金印や銅鏡といった贈り物は、その権威を視覚的に周囲へ誇示するための重要な道具として利用されました。
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朝貢外交と位の獲得
Q19
3世紀に邪馬台国の卑弥呼が、中国の魏へ使節を送り「親魏倭王」の称号や銅鏡などを得た背景について、当時の日本の状況を踏まえた説明として正しいものはどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
国内の諸勢力が争う中で、中国という大国の後ろ盾を得ることで自らの権威を高める必要があったため
当時の日本(倭)は、多くの小国が対立し合う「倭国大乱」を経て、女王卑弥呼による連合体である邪馬台国が形成された時期でした。依然として国内には対立勢力が存在していたため、卑弥呼は圧倒的な文化と武力を持つ魏の皇帝から「倭王」として認められることで、自らの統治能力と地位を盤石にしようと考えました。
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ムラ同士の争い
Q20
弥生時代における「ムラ同士の争い」は、その後の日本の社会構造にどのような変化をもたらしましたか。当時の社会の流れとして最も適切な説明を選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
争いを通じて周辺のムラが統合され、クニと呼ばれる強力な政治的まとまりが形成された
土地や水をめぐる争いは、勝利した集落が敗北した集落を吸収・統合するプロセスでもありました。これにより、複数の「ムラ」が統合されて「クニ」へと大規模化し、その中心に王のような強力な指導者が現れることで、初期の国家形成へとつながっていきました。
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吉野ヶ里遺跡の所在地
Q21
日本列島と朝鮮半島の位置関係を示した地図において、九州地方の北部(現在の佐賀県付近)に位置し、大陸との交流や当時の防御の様子を今に伝える弥生時代の代表的な遺跡はどれか、選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
吉野ヶ里遺跡
弥生時代に現在の佐賀県に築かれた、大規模な環濠集落(かんごうしゅうらく)の跡です。物見やぐらや二重の濠、大規模な墳丘墓などが発見されており、クニの成立過程や大陸との交流を研究する上で極めて重要な遺跡です。静岡県の登呂遺跡や青森県の三内丸山遺跡とは所在地や時代、特徴が異なります。
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卑弥呼
Q22
3世紀頃の倭国において、邪馬台国を中心に30ほどの国々をまとめ、中国の魏から「親魏倭王」の称号や金印を授けられた人物は誰ですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
卑弥呼
3世紀の日本について記した中国の歴史書『魏志倭人伝』によると、卑弥呼という女王が邪馬台国を統治していたとされています。彼女は魏の皇帝から「親魏倭王」という称号や金印、多数の銅鏡などを授かり、自らの権威を国内に示すとともに、外交的な地位を確立しました。
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弥生時代
Q23
日本列島で稲作が広まり、人々が竪穴住居に住んで定住生活を行っていた時代について説明した記述があります。その記述には、大陸から伝わった銅鐸や銅鏡などの青銅器が祭りの道具として用いられていたことや、当時の中国の歴史書において日本が「100余りの国」に分かれていたと記されていることが示されています。この時代の名称として正しいものを選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
弥生時代
紀元前数世紀から紀元後3世紀頃にかけての日本列島では、大陸から伝わった水稲耕作(稲作)が普及し、食料生産が安定したことで社会の仕組みが大きく変化しました。この時代、鉄器が武器や工具として使われる一方で、銅鐸などの青銅器は豊作を祈るための祭礼具として重宝されました。また、中国の歴史書『漢書』地理志には、当時の日本(倭)が100余りの小国に分かれ、一部の国が楽浪郡を通じて中国(漢)に使者を送っていたことが記されています。
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中国の歴史書に記された倭
Q24
3世紀の倭(日本)において、邪馬台国の女王である卑弥呼が中国の魏へ使節を送った目的や、その当時の様子を説明したものとして、正しいものはどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
卑弥呼はまじないを用いて人々を従えて国を治め、魏の皇帝から「親魏倭王」の称号や金印、銅鏡などを授かった。
『魏志』倭人伝には、卑弥呼が「鬼道(まじない)」によって衆を惑わした(人々を従えた)ことや、魏に使いを送って「親魏倭王」という称号を授かったことが記されています。これは、中国の皇帝に貢物を送る(朝貢する)ことで、自らの支配者としての正当性を認めさせ、他国に対して有利な立場に立とうとする当時の国際関係の仕組みを反映しています。
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邪馬台国
Q25
3世紀、邪馬台国の女王である卑弥呼が、中国の魏に使いを送り「朝貢」を行った政治的な背景として、最も適切な説明はどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 100%(1回)
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
中国の大国の権威を背景に、国内における自らの支配の正当性や地位を高めるため
当時の日本(倭)は多くの小国が争っている状態でしたが、卑弥呼は邪馬台国を中心とする連合をまとめ、中国の強大な王朝である魏に朝貢しました。魏の皇帝から「親魏倭王」という称号や金印を授かることで、中国という後ろ盾があることを他の国々に見せつけ、国内の統治を有利に進めようとする外交上の狙いがありました。
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青銅器の祭具化
Q26
紀元前4世紀頃から稲作が普及し始めた弥生時代において、近畿地方を中心に多く発見されている、釣鐘のような形をした代表的な青銅器の名称は何ですか。
★ やさしい
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
銅鐸
銅鐸は弥生時代を代表する青銅器の一つです。もともとは音を鳴らす楽器のような道具であったと考えられていますが、時代とともに大型化し、表面に当時の生活(狩猟や稲作)を描いた絵が刻まれるなど、地域の祭りや儀式でシンボルとして使われる道具へと変化しました。
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邪馬台国と親魏倭王
Q27
西暦57年から16世紀末までの歴史的な出来事をまとめた年表において、3世紀の項目に「倭の女王が魏に使いを送る」という記述があります。この時、女王卑弥呼が中国の王朝と外交関係を結んだ主な背景や目的として最も適切なものはどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
中国の皇帝から王としての地位を認められることで、国内の統治や周辺諸国との関係を有利に進めるため
当時の倭(日本)は多くの小国が分立し、争いが続いていた時期でした。邪馬台国の女王である卑弥呼は、当時の中央アジアから東アジアにかけて強大な勢力を持っていた魏の皇帝に朝貢し、自らを王として承認(冊封)してもらうことで、その権威を背景に国内の連合体制を強化しようと考えました。これは、中国の皇帝を中心とした国際秩序を利用した外交政策の一環です。
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中国の歴史書に記された倭
Q28
中国の歴史書には、紀元前1世紀頃から1世紀頃にかけての倭(日本)の様子が記されています。これらの記述についてまとめた次の説明のうち、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
『漢書』地理志には、倭人が100余りの国に分かれて生活し、定期的に朝鮮半島の楽浪郡へ使節を送っていたことが記されている。
紀元前1世紀頃の日本の様子は、前漢の歴史を記した『漢書』地理志に「倭人は100余りの国に分かれていた」と記録されています。一方、1世紀半ば(紀元57年)に奴国の王が金印を授かった記録は『後漢書』東夷伝に、3世紀の卑弥呼に関する記録は『魏志』倭人伝(『三国志』の一部)に記されており、書物と時代・内容を正しく区別する必要があります。
沖縄県公立高校入試(2022)類似
弥生時代の集落の防衛構造
Q29
弥生時代、ムラ同士の争いに備え、集落の周囲に深い濠(ほり)や柵を巡らせた集落が見られるようになりました。このような特徴を持つ集落の名称として正しいものを、次の中から選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
環濠集落
稲作が広まった弥生時代には、土地や水をめぐる争い(戦争)が頻繁に起こるようになりました。集落を守るために、周囲に深い「濠(ほり)」を掘り、その内側に「柵」を立てるといった防御設備を持つ「環濠集落」が各地で作られました。
長野県公立高校入試(2022)類似
魏志倭人伝における卑弥呼の統治
Q30
中国の歴史書である『魏志倭人伝』は、日本の古代社会を知る上で非常に重要な史料です。この書物において、日本の「道路」に関する最初の記録が残されている背景を考慮し、当時の社会状況の説明として適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
卑弥呼が邪馬台国の女王として約30の国を統治しており、当時の日本の様子や交通に関する初期の状況が記されている。
日本の道路についての最初の文字記録は、3世紀の『魏志倭人伝』に見られます。この時期は卑弥呼が邪馬台国で約30の国を従えていた時代であり、中国との外交や国内の統治に関連して、当時の日本の様子が記述されました。律令国家による体系的な道路整備(駅制)は7世紀後半から8世紀にかけてのことであり、卑弥呼の時代よりも後の出来事です。
沖縄県公立高校入試(2022)類似
弥生時代の集落の防衛構造
Q31
弥生時代の集落が、縄文時代の集落にはほとんど見られなかった「濠」や「柵」といった厳重な防御施設を備えるようになった背景として、最も適切な説明はどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
稲作の普及により、土地や水をめぐる集落間の争いが発生するようになったため
弥生時代に水稲耕作が始まると、食料の備蓄が可能になる一方で、水利権や肥沃な土地をめぐる利害対立が生じ、集落間で武力を用いた争いが起こるようになりました。こうした「戦い」の時代の到来により、人々の生活拠点である集落を柵や濠で守る必要性が高まりました。
沖縄県公立高校入試(2022)類似
弥生時代の集落の防衛構造
Q32
佐賀県に位置する弥生時代の代表的な遺跡では、居住エリアの周囲を二重の濠(ほり)や高い柵が囲んでおり、外敵を監視するための物見櫓(ものみやぐら)の跡も見つかっています。この遺跡の名称と特徴の組み合わせとして正しいものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
吉野ヶ里遺跡 ― 大規模な環濠集落
佐賀県の吉野ヶ里遺跡は、復元された高い柵や深い濠、そして大規模な物見櫓の跡から、当時の極めて高い防衛意識がうかがえる代表的な環濠集落です。これは、当時の社会が「クニ」へとまとまっていく過程で、集落間の抗争が激しかったことを裏付ける重要な史跡です。
秋田県公立高校入試(2024)類似
石包丁
Q33
弥生時代の遺跡からは、中央に2つの穴が開いた半月形の石器が数多く出土します。この道具を用いた当時の収穫方法と、その特徴について説明したものとして最も適切なものを選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 0%(1回)
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
穴に紐を通して指にかけ、熟した稲の穂先のみを摘み取る「穂首刈り」を行っていた。
当時の稲は現在の品種とは異なり、一斉に実るのではなく時期にばらつきがあったと考えられています。そのため、石包丁を用いて熟した穂だけを丁寧に選んで摘み取る「穂首刈り」という収穫方法がとられていました。中央の2つの穴は、作業中に道具が手から落ちないよう、植物の繊維などで作った紐を通して指に固定するための工夫です。
山形県公立高校入試(2018)類似
高床倉庫
Q34
弥生時代に作られた銅鐸(どうたく)の表面には、梯子がかけられ、床が地面から高く持ち上げられた建築物の様子が描かれています。この建物が、主に収穫した米を蓄えるために用いられた名称として正しいものはどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
高床倉庫
弥生時代には本格的な稲作が始まり、収穫した米を保存するための専用の建物が造られました。銅鐸などの表面に描かれた当時の絵画からも、梯子を使って登る床の高い建物の存在が確認されています。居住用の竪穴住居とは区別して使われていました。
福島県公立高校入試(2018)類似
卑弥呼
Q35
邪馬台国の女王である卑弥呼が、当時の中国(魏)に使者を送り、金印や銅鏡を授かった政治的な背景として最も適切なものはどれか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
中国の強力な王朝との結びつきを示すことで、国内における自らの権威を高めるため
当時の日本(倭)は多くの小国が対立して争っていましたが、卑弥呼はまじない(鬼道)によって国々をまとめました。彼女が魏へ使者を送ったのは、中国という大国の後ろ盾を得ることで、国内の他の勢力に対して自らの支配の正当性や優位性をアピールする目的があったと考えられています。
秋田県公立高校入試(2024)類似
石包丁
Q36
弥生時代に大陸から稲作が伝わると、収穫のための道具として磨製石器の一種が広く使われるようになりました。中央に2つの小さな穴が開いた半月形の形状をしており、稲の穂先のみを摘み取るために使用されたこの道具の名称を選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
石包丁
弥生時代に稲作が本格化する中で、収穫用具として石包丁が誕生しました。石を磨いて作られた磨製石器で、穴に紐を通して指に固定し、手のひらで包むようにして稲の穂を一つひとつ摘み取る「穂首刈り(ほくびがり)」が行われました。のちの時代に鉄製の鎌が普及するまでは、この石包丁が収穫の主役でした。
埼玉県公立高校入試(2020)類似
卑弥呼
Q37
3世紀の倭国の女王である卑弥呼が、中国の王朝である魏に使いを送った目的として、当時の政治的な背景から説明したものとして最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
魏の皇帝から倭国の王としての正当性を認められ、国内の統治を安定させるため
卑弥呼は国内の多くの国々を従えていましたが、その権威をより強固なものにするために、当時中国で強大な勢力を持っていた魏の力を利用しました。「親魏倭王」という称号を授かることで、外部の強力な後ろ盾があることを国内に示し、他の国々に対する優位性を確保しようとしたと考えられています。
北海道公立高校入試(2024)類似
ムラ同士の争い
Q38
出土した人骨の統計において、縄文時代に比べて弥生時代は武器などによる傷を受けた割合が高いことが分かっています。こうした背景から、当時の人々が敵の侵入を防ぐために、居住域の周囲に深い堀や溝を巡らせた集落を建設しました。この防御的な構造を持つ集落を何と呼びますか。
★ やさしい
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
環濠集落
集落の周りに堀(溝)を巡らせた環濠集落は、佐賀県の吉野ヶ里遺跡などに代表される弥生時代の特徴的な集落形態です。受傷人骨の増加という考古学的な事実とあわせて、当時の社会が常に争いの危険にさらされていたこと、そして集落が共同体として自衛機能を持っていたことを示しています。
北海道公立高校入試(2016)類似
卑弥呼
Q39
『魏志』倭人伝などの中国の歴史書に記述が見られ、3世紀ごろに争乱が続いていた倭国を治めるため、邪馬台国の女王として共立された人物は誰か。
★ やさしい
基礎
正答率 100%(1回)
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
卑弥呼
3世紀の邪馬台国において、呪術的な力を用いて国を治めたとされる女王です。中国の魏に使いを送り、「親魏倭王」の称号や金印、銅鏡などを授かりました。推古天皇は飛鳥時代の最初の女帝、持統天皇は飛鳥時代後半の女帝であり、時代が異なります。
沖縄県公立高校入試(2024)類似
環濠集落
Q40
弥生時代に稲作が広まったことで、土地や水をめぐる争いが起こるようになりました。集落を外敵からの攻撃から守るために、周囲に深い堀を掘り、木の柵を設置した集落を何と呼びますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
環濠集落
弥生時代には、食料の備蓄や土地の所有をめぐって集落間での争いが生じました。そのため、集落の防御機能を高めるために周囲を堀や柵で囲む工夫がなされました。代表的な遺跡として、佐賀県の吉野ヶ里遺跡が有名です。
群馬県公立高校入試(2022)類似
銅鐸(祭祀具)
Q41
弥生時代に製作された青銅器のうち、釣鐘のような形をしており、表面には当時の生活の様子や動物の文様が刻まれている「銅鐸(どうたく)」は、主にどのような目的で用いられたと考えられていますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
作物の豊かな実りを祈るなどの祭りの道具として用いられた
銅鐸は、弥生時代を代表する青銅器の一つです。当初はつり下げて鳴らす楽器として使われていたと考えられていますが、次第に大型化し、豊作を祈るための祭礼や儀礼において重要な役割を果たす「祭祀具(さいしぐ)」として用いられるようになりました。表面に刻まれた鹿や農耕の様子などの文様は、当時の生活や信仰を知るための貴重な史料となっています。
茨城県公立高校入試(2019)類似
邪馬台国と親魏倭王
Q42
3世紀頃の日本の様子について記された歴史書に関連して、女王卑弥呼が中国の王朝である魏に使者を送った際、魏の皇帝から授けられた称号と金印の内容として正しいものを次の中から選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
「親魏倭王」の称号と金印
3世紀に邪馬台国を治めていた女王の卑弥呼は、中国の三国時代における王朝の一つである魏に使者を送りました。これに対し魏の皇帝は、卑弥呼を倭の王として認め、「親魏倭王」の称号と金印、さらに多数の銅鏡などを贈りました。1世紀(西暦57年)に奴国の王が後漢の皇帝から授かった「漢委奴国王」の金印と混同しないよう注意が必要です。
長野県公立高校入試(2022)類似
魏志倭人伝における卑弥呼の統治
Q43
3世紀の日本の様子を伝える中国の歴史書『魏志倭人伝』の記述に基づき、当時の社会や統治の状況として正しい説明はどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
邪馬台国の女王である卑弥呼が、乱れていた多くの国をまとめ、約30の国を従えていた。
『魏志倭人伝』は3世紀の日本の様子を記した中国の歴史書です。そこには、倭(日本)でそれまで続いていた争いが収まり、卑弥呼という女王が邪馬台国を中心として約30の国々を従えて統治していたことが記されています。他の選択肢にある冠位十二階は7世紀(飛鳥時代)、鑑真の来日や墾田永年私財法は8世紀(奈良時代)の出来事です。
群馬県公立高校入試(2022)類似
高床倉庫
Q44
弥生時代の遺跡から見つかる、はしごを使って出入りする形式の建築物について、この建物が普及した背景として最もふさわしい歴史的な出来事はどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大陸から本格的な稲作の技術が伝わり、収穫した稲を長期間保存する「貯蔵」の必要性が生まれたこと。
高床倉庫の普及は、弥生時代の最大の特徴である稲作(水田稲作)の普及と密接に関連しています。縄文時代の狩猟・採集中心の生活とは異なり、稲作は計画的な生産と「余剰生産物」の貯蔵を可能にしました。この「蓄え」としての米をネズミや湿気から守るために、高床倉庫という特殊な建築様式が発達したのです。この貯蔵の有無は、のちに集団内での貧富の差や、土地や水を巡る戦いへとつながる社会構造の変化の出発点となりました。
熊本県公立高校入試(2020)類似
青銅器
Q45
弥生時代の日本列島では、鉄器と青銅器という2種類の金属器が使われていました。鉄器が主に生産や戦闘の道具として発展したのに対し、青銅器が主に「祭祀や儀式の道具」として用いられた理由として、最も適切な説明はどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
鉄に比べて強度が低く実用的な道具には不向きだったが、その希少性や美しさが信仰の場で重視されたため
青銅(銅とスズの合金)は鉄に比べて柔らかく、激しい衝撃が加わる武器や農具として使うとすぐに傷んでしまう欠点がありました。しかし、鋳造によって複雑な模様を表現しやすく、磨き上げると金色に輝くといった装飾的な特徴があったため、集団の結束を高めるための祭りや、神聖な儀式の象徴として利用されるようになりました。
北海道公立高校入試(2018)類似
銅鐸
Q46
弥生時代に大陸から伝わり、豊作を祈るむらの祭りや儀式で使われたと考えられる、釣鐘状の青銅器は何ですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
銅鐸
弥生時代には稲作とともに金属器が伝わりました。そのうち青銅器である銅鐸は、実用品ではなく主に祭りの道具として使われました。土偶は縄文時代の祈りの道具、埴輪は古墳時代の副葬品、石包丁は弥生時代の稲作道具(農具)であり青銅器ではありません。
長野県公立高校入試(2019)類似
漢委奴国王の金印と朝貢
Q47
1世紀頃、日本(倭)の小国の王が中国の漢(後漢)の皇帝に使いを送り、皇帝から臣下として認められた証として授けられたとされる金印には、どのような文字が刻まれていますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
漢委奴国王
1世紀(西暦57年)に倭の奴国の王が後漢の光武帝に朝貢した際、皇帝から授けられたものです。この金印には「漢の委(倭)の奴の国の王」を意味する文字が刻まれており、当時の中国が周辺の支配者に称号や印を与えて地位を認める国際秩序(冊封体制)の一部であったことを示しています。
茨城県公立高校入試(2023)類似
弥生時代の生活様式
Q48
弥生時代に朝鮮半島から稲作が伝来したことで、縄文時代とは異なる社会状況が生まれました。生産力の向上や定住生活に伴って発生した出来事について、適切に説明しているものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
収穫した稲の分配や土地の所有をめぐって、むら同士の争いが発生した。
稲作の開始により、安定した食料生産が可能になり定住が進んだ一方で、水利権や肥沃な土地、蓄えられた稲をめぐる対立が生まれました。当時の遺跡からは、戦いに備えて集落の周囲に深い堀を巡らせた「環濠集落」や、木製の武器、矢じりが刺さった人骨などが発見されており、組織的な紛争があったことが分かります。
茨城県公立高校入試(2023)類似
弥生時代の生活様式
Q49
朝鮮半島から稲作が伝わった弥生時代の生活様式について述べた文章のうち、収穫した稲の保管方法に関する説明として正しいものはどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
湿気を防ぎネズミなどの害を避けるために作られた高床倉庫に納めた。
稲作が普及すると、収穫した食料を長期保存する必要が生じました。地面から床を高く浮かせることで通気性を良くし、湿気による腐敗を防ぐとともに、ネズミなどの小動物の侵入を防ぐ「ねずみ返し」などの工夫がなされました。
山形県公立高校入試(2018)類似
高床倉庫
Q50
弥生時代の人々が、収穫した米を保存する建物の床を地面から高く設計した理由として、当時の工夫を説明したものとして最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
風通しを良くして湿気を防ぐとともに、ねずみなどの害獣が侵入するのを防ぐため
収穫した米は湿気に弱く、カビが生えやすいため、床を高くして風通しを確保する工夫がなされました。また、柱の上の部分に「ねずみ返し」と呼ばれる板を取り付けるなど、食料を害獣から守るための構造的な特徴を持っています。
福島県公立高校入試(2018)類似
卑弥呼
Q51
3世紀の日本において、30余りの小国を従えていた邪馬台国の女王は、中国の王朝である魏に使者を送りました。この女王が魏の皇帝から授かった称号として正しいものはどれか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
親魏倭王
中国の歴史書『魏志』倭人伝には、239年に邪馬台国の卑弥呼が魏に使者を送ったことが記されています。魏の皇帝は卑弥呼に対し、魏と親しい倭の王であることを示す「親魏倭王」の称号と、金印や多数の銅鏡(三角縁神獣鏡など)を授け、彼女の支配権を国際的に認めました。
北海道公立高校入試(2018)類似
銅鐸
Q52
稲作が朝鮮半島から伝わり、人々の生活が変化した時代に使用された道具の説明として、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
豊作を祈る祭りなどのために、青銅器である銅鐸が使われた
稲作が始まり、金属器が使用され始めたのは弥生時代です。この時代には、実用的な鉄器とともに、祭祀用として銅鐸などの青銅器が作られました。土偶は狩猟採集中心の縄文時代、埴輪は古墳時代、富本銭は飛鳥時代のものです。
北海道公立高校入試(2024)類似
ムラ同士の争い
Q53
弥生時代に大陸から稲作が伝来して定住生活が広まると、集落(ムラ)の間で大規模な争いが発生するようになりました。縄文時代の狩猟・採集中心の生活ではあまり見られなかったこのような対立が、弥生時代に激化した主な理由として適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 0%(2回)
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
水田を耕作するための土地や、農業に欠かせない水の利権を確保しようとしたため
稲作が始まると、安定して米を生産するために、日当たりの良い土地や灌漑に必要な水の確保が死活問題となりました。これらをめぐって集落間で利害が対立したことが、組織的な武力衝突へと発展しました。また、収穫した米を蓄積できるようになったことで、貧富の差や権力の差が生じたことも争いの一因です。
長野県公立高校入試(2023)類似
稲作の伝来による社会の変化
Q54
中国大陸や朝鮮半島から九州北部へ伝わった稲作が東日本へと広まった時代、収穫を祈る祭りが重要視されるようになりました。この時代に祭りの道具として作られた、つりがねのような形をした青銅器を何と呼びますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
銅鐸
稲作が普及した弥生時代には、青銅器の製造技術も伝わりました。銅鐸は、主に豊作を祈るための祭祀用具として使われた特徴的な遺物です。一方、打製石器や縄文土器は稲作普及以前の縄文時代に主に使われていたものです。
茨城県公立高校入試(2021)類似
朝貢外交と位の獲得
Q55
古代の倭(日本)の王や諸国の首長が、中国の皇帝へ貢物を送った「朝貢外交」の主な目的を説明したものとして、最も適切なものはどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
中国の皇帝から自らの地位や権威を認めてもらい、国内や周辺諸国に対する統治の正当性を得るため
古代の東アジアでは、中国の皇帝を中心とした国際秩序が形成されていました。倭の王たちは、圧倒的な力を持つ中国の皇帝に貢物を送り(朝貢)、臣下としての称号を受けることで、自分が正当な支配者であることを国内外に示す材料としました。
茨城県公立高校入試(2021)類似
朝貢外交と位の獲得
Q56
江戸時代に志賀島で発見された「漢委奴国王」と刻まれた金印や、3世紀の歴史書に記された卑弥呼が「親魏倭王」の称号を授かったという記述は、当時の日本と中国のどのような関係を示していますか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
中国の皇帝に臣下として礼を尽くすことで、自らの支配権の正統性を認めてもらう関係
1世紀には奴国の王が後漢の光武帝から金印を授かり、3世紀には邪馬台国の卑弥呼が魏から「親魏倭王」の称号と金印などを授かりました。これらは、中国の皇帝から「位」を認めてもらうことで、国内の他の勢力に対して自らの権威を誇示しようとした外交の形を証明しています。
和歌山県公立高校入試(2020)類似
吉野ヶ里遺跡の所在地
Q57
佐賀県に位置する吉野ヶ里遺跡は、集落の周囲に深い濠(ほり)や土塁を巡らせた「環濠集落」の代表例として知られています。このような大規模な防衛施設を持つ集落が弥生時代に造られるようになった社会的な背景として、最も適切な説明はどれか、選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
本格的な稲作が始まり、土地や水をめぐる集落間の争いが激しくなったため
弥生時代に大陸から本格的な水稲耕作が伝わると、収穫物の余剰を蓄える「富」が生まれ、それを奪い合う争いが始まりました。吉野ヶ里遺跡に見られる深い濠や逆茂木(さかもぎ)、物見やぐらなどの施設は、敵の侵入を防ぎ、共同体の財産や命を守るために発達した軍事・防衛的な工夫です。
沖縄県公立高校入試(2020)類似
青銅器の祭具化
Q58
弥生時代には青銅器と鉄器がほぼ同時に日本列島へ伝わりました。それぞれの金属器が果たした役割の違いについて説明したものとして、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
鉄器は鋭さや硬さを活かして農具や武器などの実用に供され、青銅器は主に祭りの道具として使われた
鉄は青銅よりも硬くて丈夫であるため、木製農具の先を補強する工具や、鋭利な刃物としての武器といった実用的な道具に用いられました。一方で、青銅器は独特の光沢を持つことから権威の象徴や祭りにおける神聖な道具としての性格を強め、鉄器と青銅器で「実用」と「儀礼」という役割の分担がなされました。
群馬県公立高校入試(2022)類似
高床倉庫
Q59
弥生時代の集落において、収穫した稲を保存するために用いられた建築物の構造と、その目的について説明したものとして最も適切なものはどれですか。
★ やさしい
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
床を地面よりも高い位置に作り、風通しを良くして湿気を防ぐとともに、ネズミなどの害を防いで稲を貯蔵した。
弥生時代に本格的な稲作が始まると、秋に収穫した米を翌年の春まで保存するなどの長期間の貯蔵が必要になりました。高床倉庫は、床を高くすることで地面からの湿気が伝わるのを防ぎ、米が腐るのを抑える工夫がなされています。また、柱の上の部分には「ねずみ返し」と呼ばれる板が取り付けられ、食料を食い荒らすネズミの侵入を防いでいました。選択肢にある地面を掘り下げる建築物は竪穴住居であり、主に居住用として使われていたものです。
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算数分数のかけ算
・分数 × 整数
整数も「1分の~」という分数に変身させれば、あとはいつものかけ算のルールで計算できることを理解する。
・分数 × 帯分数
計算の前に帯分数を仮分数に直す、という大事なひと手間を加えれば、どんなかけ算も解けることを身につける。
・小数 × 分数
小数も分数という同じ仲間に直してしまえば、かけ算のルールが使え、違う種類の数の計算もできるという自信を持つ。
算数分数の割り算
・分数 ÷ 整数
整数を「1分の~」の分数に変身させてからひっくり返し(逆数にし)、かけ算に直して計算する流れを覚える。
・分数 ÷ 分数
「わる数の分母と分子をひっくり返してかける」という、わり算で一番大事なルールを確実にマスターする。
・小数 ÷ 分数
小数も分数に変身させれば、どんなわり算も「ひっくり返してかける」という必殺技で解けることを実感さする。
運営者情報
| 住所 | 宮城県仙台市太白区八木山弥生町16-17 |
|---|---|
| 運営会社 | ARINA partners株式会社 |
| 代表者 | 高橋渉 |
| 連絡先 | info@arinna.co.jp |
| 連絡先② | 0568-50-2677 |
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