古墳時代の一問一答問題|中学歴史でよく出る高校入試・定期テスト過去問
📌 この記事でわかること
- ・全国の公立高校入試問題(社会)15,925件を分析
- ・古墳時代が出題される割合は、歴史分野の中で1.3%
- ・分析結果から類似問題157件を作成
- ・類似問題を解いて、定期テスト対策・入試対策に差をつけよう!
当サイトでは、全国の公立高校入試過去問を独自にデータベース化し、社会科の歴史分野において15,925件もの問題を徹底的に分析しています。その膨大なデータの中で、今回取り上げる「古墳時代」は、歴史全体の1.3%を占める決して無視できない重要単元です。
過去の分析対象となった157問のデータから見えてきたのは、この時代がいかに戦略的な学習を必要としているかという事実です。特に注目すべきは、頻出テーマ第1位である「渡来人」で、全体の15%を占めています。また、32都道府県で出題実績があることから、地域を問わず、入試において「差がつくポイント」として狙われやすい分野であることがわかります。
古墳時代は、単なる暗記の積み重ねではありません。当時の社会構造や国際関係を理解することで、得点源にできるチャンスが広がっています。限られた受験勉強の時間の中で、膨大な知識をすべて詰め込むのは非効率です。私たちが分析したデータに基づき、どこが狙われ、どう整理すれば効率よく得点を伸ばせるのか、そのヒントをこの先で詳しく解説します。
さあ、まずは「渡来人」がもたらした技術や文化の変遷から、入試の核心に迫っていきましょう。この時代の全体像を正しく捉えることが、志望校合格への確かな一歩となります。
📚 科目別の過去問数(社会 全15,925件)
| 科目 | 過去に出題された件数 | 出題率 | |
| ▶ 歴史 | 5,508 件 | 34.6% | |
| 地理 | 5,443 件 | 34.2% | |
| 公民 | 4,974 件 | 31.2% | |
📖
歴史の単元別 過去問数(
歴史内での割合・全19単元)
全国の古墳時代分野でよく出ている問題は?
分析のポイント
古墳時代分野の頻出テーマ1位は渡来人。2位は前方後円墳。定期テストでも入試でも頻出の最重要テーマを確認しよう。
📅 直近3年の出題県
山形(2026)和歌山(2026)神奈川(2026)群馬(2026)沖縄(2026)高知(2026)
社会科の過去問15,925件を徹底分析した結果、古墳時代は歴史全体の中で1.3パーセントという非常にコンパクトな単元ですが、入試における得点源として極めて効率の良い分野です。合格を勝ち取るための戦略を伝授します。
1. 圧倒的に出やすいトピック
データが示す通り、最も狙われるのは「人・モノ・権力」のつながりです。
第一位は渡来人(11問)です。単に大陸から来たというだけでなく、彼らがもたらした須恵器や漢字、儒教といった先進技術や文化が、当時の社会をどう変えたかという視点が問われます。
第二位は前方後円墳(9問)です。これは単なる墓の形ではなく、ヤマト王権が地方の豪族に対して、この形を許可することで支配の証としたという政治的意味合いが重要です。
第三位はヤマト王権の拡大(8問)です。大王を中心とした勢力が、どのようにして日本列島を統合していったのか、そのプロセスを理解する必要があります。
2. 直近の出題傾向と注意点
2026年度入試では、山形、和歌山、神奈川、群馬、沖縄の各県で古墳時代に関連する問題が出題されました。特に注意すべきは、地域的な特色と結びつけた出題です。例えば、群馬県などは古墳が多く出土する地域であり、単なる用語暗記ではなく、地域の遺跡や出土品から当時の社会情勢を読み解く力が求められています。沖縄のように、本土とは異なる独自の文化圏とヤマト王権との関わりを問う問題も増えています。これらの県を受験する諸君は、教科書の図版や資料集の地図を必ず確認し、その土地の古墳が何を物語っているのかを言語化できるようにしておいてください。
3. 背景理解の重要性
多くの受験生は、古墳の形や渡来人の名前を丸暗記しようとしますが、それは非常に危険です。入試で問われるのは「なぜその出来事が起きたのか」という因果関係です。
例えば、なぜ前方後円墳が全国に広がったのか。それは、ヤマト王権が地方豪族に権威を与えるための「政治的ツール」として機能したからです。なぜ渡来人が重宝されたのか。それは、彼らが持っていた高度な技術が、ヤマト王権の国づくりに不可欠だったからです。
歴史はストーリーです。用語を点として覚えるのではなく、社会の仕組みという線でつなげてください。そうすれば、初見の資料問題が出ても、背景知識から論理的に正解を導き出すことができます。
古墳時代は短期間でマスターできる「得点源」です。この戦略を胸に、自信を持って試験に臨んでください。健闘を祈ります。
目次
古墳時代の年表(おもなできごと・人物)
古墳時代(3〜6世紀)のおもなできごと・人物・制度を年表にまとめました。流れをつかんでから、下の一問一答で確認しましょう。日本の歴史全体の年表(縄文〜令和)は → 日本の歴史年表 でまとめて確認できます。
| 年 | できごと・人物 | ひとこと |
|---|
| ヤマト政権制度 | 3世紀後半から奈良盆地を中心に成立したヤマト政権において、各地の豪族を従えた最高権力者は大王と呼ばれました。 |
| ワカタケル大王人物 | ワカタケル大王は、中国の歴史書に記された倭王武と同一人物であると考えられている雄略天皇のことです。 |
| 前方後円墳文化 | 前方後円墳は、円形と方形を組み合わせた鍵穴のような形をした、古墳時代を代表する日本独自の古墳です。 |
| 南朝国 | 5世紀頃、ヤマト王権の王たちは朝鮮半島での軍事的な指揮権や地位を認めさせるために中国へ使者を送りました。 |
| 古墳文化 | ヤマト王権の支配力が広がるにつれ、近畿地方から全国へ前方後円墳などの巨大な墳墓が作られるようになった。 |
| 大仙古墳場所 | 大仙古墳は、円形と方形を組み合わせた鍵穴のような形をした前方後円墳であり、日本最大規模の古墳です。 |
| 大王制度 | 4世紀から7世紀にかけて、近畿地方を中心に勢力を広げたヤマト王権の首長として君臨した称号です。 |
| 稲荷山古墳場所 | 埼玉県にある稲荷山古墳から出土した鉄剣には、金象嵌でワカタケル大王の名が刻まれている。 |
| 鉄文化 | 古墳時代に輸入された鉄は、丈夫な鉄製農具として農業生産力を高め、武器としても使われました。 |
| 鉄剣文化 | 埼玉県にある稲荷山古墳から出土した鉄剣は、ヤマト政権の支配力が関東地方まで及んでいたことを示す重要な資料です。 |
| 渡来人人物 | 5世紀ごろ、朝鮮半島の百済などから多くの人々が日本へ移り住み、様々な技術を伝えました。 |
| 仏教伝来出来事 | 6世紀半ば、百済の聖明王が日本の欽明天皇に仏像や経典を贈り、仏教が公式に伝えられました。 |
| 儒教伝来出来事 | 5世紀ごろ、百済の博士である王仁によって、漢字とともに日本に伝えられました。 |
| 漢字伝来出来事 | 百済の王仁という人物が、『論語』や『千字文』を日本に伝えたとされています。 |
中学・高校受験歴史古墳時代のまとめノート
📝 古墳時代のまとめノート
47都道府県の過去問データを分析して、出やすい問題をまとめています。出題数は過去に入試で出題された数です(当サイト調べ)
超頻出頻出基本
倭の五王の朝貢7問出題
5世紀頃、倭の五王の朝貢とは、当時の日本の王たちが中国の王朝へ使節を送り、自らの地位の承認や進んだ技術の導入を図ったことを指します。この時期、倭の王たちは皇帝から朝鮮半島南部での軍事的な指揮権や国内の統治権を認められようとしました。鳥取県内の北山古墳のような巨大な前方後円墳が築造されていたことからも、各地の有力豪族が大和政権とのつながりを強めていたことがわかります。なお、この出来事は後の遣唐使の廃止や律令国家の形成とは時代が異なり、卑弥呼の時代である奴国の王とも混同しないよう注意が必要です。
渡来人11問出題
4世紀から7世紀頃にかけて、朝鮮半島や中国大陸から日本列島へ移住してきた人々を渡来人と呼びます。彼らは須恵器の製作技術や漢字、仏教などを日本に伝え、古代文化の形成に大きな影響を与えました。入試では防人や遣隋使といった他の歴史用語と混同しないよう注意が必要です。防人や遣隋使は渡来人とは異なる役割や時代背景を持つため、これらの用語と区別して正確に覚えることが重要です。大陸や半島から渡ってきた人々が果たした役割を正しく理解しておきましょう。
ヤマト王権の拡大8問出題
5世紀のヤマト王権の拡大において、日本の王たちは中国の南朝へたびたび使者を送り、朝貢を行いました。この外交には、朝貢を通じて政治的能力を認められ、国際的な地位や国内の支配権を強化しようとする狙いがありました。この事実は中国の史書にも記されており、当時の東アジアにおける日本の外交姿勢を象徴する出来事です。試験では北朝と混同しないよう注意が必要であり、あくまでヤマト王権が関係を持ったのは南朝であることをしっかりと区別して覚えておくことが重要です。
稲荷山古墳と江田船山古墳5問出題
埼玉県にある稲荷山古墳からは金錯銘鉄剣が出土しており、そこにはワカタケル大王の名が刻まれていました。この発見は、五世紀末頃にはヤマト政権の支配力が関東地方から九州地方にまで広く及んでいたことを歴史的に裏付ける重要な証拠となっています。入試では同様に鉄剣が出土した熊本県の江田船山古墳と混同しやすいため注意が必要です。また、巨大な前方後円墳である大仙陵古墳とも区別して覚えることが大切です。
須恵器6問出題
須恵器は、古墳時代から奈良・平安時代にかけて生産された、高温の登り窯で焼かれた硬質の土器です。四世紀から六世紀頃の日本には、朝鮮半島などから渡来人によって多くの技術がもたらされました。須恵器は、従来の土器よりも高温で焼成できる登り窯の技術を用いて作られた点が特徴です。試験では弥生土器と混同しないよう注意が必要であり、また江戸時代に普及した脱穀用具である千歯こきとは時代が全く異なるため、これらを須恵器と関連付けないように気をつけて学習しましょう。
大仙古墳5問出題
大仙古墳は仁徳天皇陵古墳とも呼ばれ、大阪府堺市に位置する日本最大の前方後円墳です。五世紀頃に築造されたと考えられており、百舌鳥古墳群を構成する代表的な古墳の一つとして世界文化遺産にも登録されています。入試の略地図問題では近畿地方の地点が正しい所在地となりますが、九州地方や関東地方にあると誤認させるひっかけ問題が出題されることがあるため、場所を正確に覚えておくことが重要です。
前方後円墳9問出題
前方後円墳は古墳時代を代表する古墳で、前方が方形、後方が円形を呈する日本特有の鍵穴のような形をしています。この古墳は大和政権の有力者の墓として各地に造られたものであり、その分布は当時の勢力の広がりを示しています。試験では円墳や方墳といった他の形の古墳と混同しないよう注意が必要です。前方後円墳は、その独特な形状から大和政権の勢力範囲を読み解くための重要な手がかりとなるため、形の特徴とあわせてその歴史的背景を正しく理解しておくことが大切です。
漢字2問出題
古墳時代に朝鮮半島や中国から日本列島へ移り住んだ渡来人によって伝えられたのが漢字です。この時代には渡来人を通じて優れた技術や文化がもたらされ、儒教や仏教とともに記録や伝達のための文字である漢字が伝わりました。これはその後の日本の文化形成や国家体制の整備において非常に大きな役割を果たしました。なお、漢字の伝来と混同しやすい青銅器や鉄砲、稲作とは時代や伝わった背景が異なるため、試験ではこれらの用語と間違えないよう注意が必要です。
大王4問出題
古墳時代のヤマト政権において、最高権力者である支配者を指した称号を大王といいます。当時のヤマト政権の勢力は近畿地方から関東地方まで広がっており、埼玉県稲荷山古墳から出土した鉄剣には大王の文字が刻まれていました。これは広域にわたる政治的影響力を示す一級の史料であり、天皇という称号が確立する以前の重要な用語です。試験では天皇や皇帝、関白といった他の称号と混同しないよう注意が必要です。古墳時代の支配者を表す言葉として、これらの用語との違いをしっかりと区別して覚えておきましょう。
三国時代1問出題
日本の卑弥呼が魏に使いを送った3世紀ごろ、中国大陸では魏、呉、蜀の三つの国が争う三国時代が続いていました。卑弥呼が使いを送った先はこの魏であり、当時は三国が鼎立して争っていた時期にあたります。試験では、隋が南北に分かれていた中国を統一したことや、秦の王が中国を統一して始皇帝と名乗ったことと混同しないよう注意が必要です。これらは三国時代とは別の時期の出来事であるため、時代背景を整理して覚えておくことが重要です。
7〜8世紀の日本と東アジア1問出題
5世紀の東アジアでは高句麗が勢力を広げて南下政策をとっており、倭は朝鮮半島の百済や新羅と交流しつつ、中国へ使いを送る倭の五王の時代を迎えていました。当時の古墳には武具を身にまとった武人の姿を模した人物埴輪が副葬されており、これは当時の軍事文化や武官の服装、武器の形態を知るための貴重な考古学的資料となっています。なお、この時期の情勢と混同しやすい唐や七支刀、弥生土器については、この時代の学習内容とは異なるため注意が必要です。7〜8世紀の日本と東アジアの文脈において、五世紀の東アジア情勢と人物埴輪が示す当時の社会状況を正確に理解しておくことが重要です。
古代の朝鮮半島情勢1問出題
日本の古墳時代にあたる3世紀後半から6世紀にかけて、朝鮮半島では高句麗、百済、新羅の三つの国が互いに勢力を競い合う古代の朝鮮半島情勢が続いていました。この時期の日本はこれら三国と交流を持ち、渡来人を通じて大陸の技術や文化を受け入れていました。試験では時代背景の混同に注意が必要です。秦の始皇帝による統一は紀元前の出来事であり、ナポレオンの支配やオランダの独立は近代の出来事であるため、古墳時代の出来事と混同しないようにしましょう。これらの国々の抗争と日本の古墳文化の発展が同時期であることを整理しておくことが大切です。
埴輪と大王1問出題
古墳時代には、ヤマト王権の首長を指す大王という称号が用いられていました。関東地方の古墳から出土した鉄剣にはこの大王の名が刻まれており、ヤマト王権が広域を統治していた証拠とされています。また、古墳の周囲や頂上には埴輪と呼ばれる土製の焼き物が並べられました。これらは当時の人々の姿や武具をかたどっており、死者の霊を慰めるとともに権威を示す役割を果たしました。なお、縄文時代の土偶や鎌倉時代の執権とは異なるため、混同しないよう注意が必要です。
ワカタケル大王2問出題
ワカタケル大王は、埼玉県にある稲荷山古墳などから出土した鉄剣の銘文にその名が刻まれている人物です。中国の歴史書に記された倭の五王の一人である倭王武と同一人物と考えられており、当時の大和政権の支配力が関東地方まで及んでいたことを示す重要な物証となっています。入試では卑弥呼や聖徳太子といった他の時代の有名人物と混同しないよう注意が必要です。特に、鉄剣に名前が刻まれているという特徴と、大和政権の勢力範囲を考える上で欠かせない存在であることをしっかり押さえておきましょう。
土偶と埴輪1問出題
埴輪とは、古墳時代に造られた巨大な古墳の頂上や周囲に並べられた土製の焼き物のことです。当時の葬送儀礼や社会的な地位を示す役割があったと考えられており、資料に基づくと古墳の頂部や周囲に並べられていた事実が確認できます。試験では縄文時代の土偶と混同しないよう注意が必要です。土偶は古墳時代の埴輪とは時代も用途も異なるため、それぞれの特徴を正しく区別して覚えることが重要です。
古墳1問出題
古墳とは、仏教が伝来して寺院が建立されるようになる以前の時代に、各地の有力者の墓として土を高く盛り上げて築かれた巨大な施設です。この時代には各地の豪族や有力者が自らの権威を示すために古墳を築いていましたが、6世紀に仏教が伝わると状況が変化しました。聖徳太子をはじめとする有力者たちは、古墳の造営に代わって寺院を建立し一族の安泰を祈るようになり、法隆寺はその代表的な寺院建築として知られています。試験では古墳と寺院の時代背景や、都の概念と混同しないよう注意が必要です。
仏教の歴史と広まり1問出題
6世紀の古墳時代に朝鮮半島の百済から日本へ公式に伝えられた宗教が仏教の歴史と広まりの始まりです。この伝来により、経典や仏像とともに寺院建築や彫刻などの大陸の高度な技術が日本にもたらされ、その後の文化形成に大きな影響を与えました。試験では時代背景が問われることが多く、稲作や銅鐸は弥生時代の特徴であり、磨製石器は縄文時代から弥生時代にかけてのものなので、これらと混同しないよう注意が必要です。仏教の伝来はあくまで古墳時代の出来事であることをしっかりと押さえておきましょう。
古墳時代一問一答・高校受験過去問よく出る問題
最終更新日:2026/05/11
大阪公立高校入試(2017)類似
稲荷山古墳
Q1
埼玉県にある稲荷山古墳から「ワカタケル大王」の名が刻まれた金錯銘鉄剣が出土した一方で、熊本県にある江田船山古墳からも同様に大王の名が記された鉄刀が見つかっています。これらの発見から推測される、5世紀後半における大和政権の状況として最も適切なものはどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大和政権の支配力が、九州から関東までの広い範囲に及んでいた。
関東(埼玉県・稲荷山古墳)と九州(熊本県・江田船山古墳)という遠く離れた地域の双方から、大和政権の王であるワカタケル大王の名を記した遺物が見つかったことは、当時の政権の政治的影響力が日本列島の広範な地域に及んでいたことを証明する重要な歴史的事実です。
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須恵器
Q2
千葉県最大級の前方後円墳である内裏塚古墳が築造された古墳時代の中期には、大陸との交流を通じて新しい製作技術が導入されました。この時期に生産が始まった「須恵器」の特徴を説明したものとして、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
山の斜面などに作られた窯を使い、高温で蒸し焼きにした灰色の土器
須恵器は、朝鮮半島から伝わった「穴窯(あながま)」という設備を使い、酸素が少ない状態で高温調理(蒸し焼き)にするため、特有の灰色になります。これに対し、同時に使われていた土師器(はじき)は、古墳時代以前からの伝統的な手法である「野焼き」で作られていたため、赤褐色をしています。
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漢字
Q3
古墳時代、朝鮮半島や中国から日本列島へ移り住んだ渡来人によって伝えられたもので、日本における記録や公文書作成の基礎となった文字を次の中から選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
漢字
古墳時代に大陸の進んだ技術や文化を持った人々(渡来人)が日本列島へ移住した際、儒教や仏教とともに伝えられたのが漢字です。これにより、それまで文字を持たなかった日本において、出来事の記録や政治的な文書の作成が可能となりました。ひらがなやカタカナは、後にこの漢字を崩したり、一部を取ったりすることで日本独自の文字として発展したものです。
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鉄
Q4
5世紀の大和政権は、朝鮮半島から得た鉄資源をどのように活用して国内の支配を広げたとされていますか。当時の状況を説明したものとして最も適切なものを選んでください。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
鉄製の武器や鎧を量産して軍事力を高め、関東から九州にかけての広範囲な地域の豪族を支配下に置いた。
5世紀の歴史年表や出土品からは、大和政権が朝鮮半島から得た鉄を利用して武力を強化し、その力を背景に関東や九州の豪族を従えていった過程が読み取れます。武人の埴輪が鎧をまとった姿で製作されていることも、武力による支配体制が整えられていたことを裏付けています。
群馬県公立高校入試(2019)類似
鉄
Q5
5世紀の朝鮮半島にある伽耶(加羅)地域から大和政権が得ていた資源で、武人の埴輪に見られるような鎧や武器の材料となり、政権の武力強化に大きく貢献した金属は何ですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
鉄
大和政権は、朝鮮半島の南部に位置する伽耶(加羅)地域から鉄資源を安定的に確保し、それを用いて高度な武器や鎧を製造しました。当時の古墳から出土する武人の埴輪が鎧をまとっていることからも、この金属が軍事力の象徴であったことがわかります。これにより、政権は軍事的な優位を築きました。
埼玉県公立高校入試(2025)類似
中国皇帝による高い地位の授与
Q6
中国の歴史書『宋書』倭国伝には、5世紀に中国の南朝へ相次いで使者を送り、自身の地位を認める称号を求めた「讃・珍・済・興・武」という5人の王が登場します。これらの王を総称して何と呼びますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
倭の五王
5世紀に中国へ使者を送った5人の王は「倭の五王」と呼ばれます。当時の日本(倭国)は、東アジアの国際情勢の中で有利な立場を得るため、中国皇帝を中心とした冊封体制(朝貢外交)に加わり、自らの権威や軍事的な指揮権を証明する称号(官職)を求めて外交を展開しました。
千葉県公立高校入試(2015)類似
渡来人による技術・文化の伝来
Q7
5世紀から6世紀にかけて、日本列島には大陸から多くの人々が移り住みました。この時期の遺跡である前方後円墳などからは、円筒埴輪や人物埴輪とともに、高温の窯で焼かれた硬くて灰色をした土器が出土しています。この土器の製作技術を日本に伝え、さらに文字や儒教、仏教といった高度な文化をもたらした人々を何と呼びますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
渡来人
5世紀から6世紀の古墳時代、朝鮮半島からの移住者である渡来人は、それまでの日本になかった高度な技術や文化を伝えました。土器においては、従来の土師器(はじき)とは異なる、穴窯を用いて1000度以上の高温で焼成する「須恵器(すえき)」の技術をもたらしました。また、漢字を用いた記録や、道徳的な教えである儒教、さらには6世紀に百済から伝えられた仏教など、その後の日本の国家形成に不可欠な知識を普及させました。
福島県公立高校入試(2022)類似
江田船山古墳
Q8
5世紀後半のヤマト王権の勢力範囲を知る手がかりとして、熊本県の江田船山古墳から出土した銀象嵌の銘文を持つ鉄刀があります。この鉄刀に記されている、当時の王権の中心人物を指す名称として正しいものはどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
ワカタケル大王
江田船山古墳から出土した鉄刀に刻まれた「ワカタケル大王」は、中国の歴史書に記された「倭王武」や、日本の『記紀』に登場する雄略天皇にあたると考えられています。この名称が刻まれた遺物が、九州(江田船山古墳)と関東(稲荷山古墳)の両方から発見されたことは、広域な支配体制の確立を裏付ける歴史的な発見となりました。
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前方後円墳
Q9
古墳時代に、大山古墳(仁徳天皇陵)のような巨大な前方後円墳が築造された歴史的な背景や目的として、最も適切な説明はどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大和政権(ヤマト王権)の王が、自らの強大な権威や動員できる労働力の大きさを各地の豪族に誇示するため。
古墳時代において、巨大な前方後円墳を築くには膨大な年月と膨大な人数の労働力が必要でした。このような大規模な土木工事を行うことができた事実は、その被葬者が広範囲に及ぶ支配権と財力を持っていたことを象徴しています。また、前方後円墳という特定の形式が日本各地に広がったことは、大和政権(ヤマト王権)を中心とした政治的な連合や身分秩序が各地の豪族との間に形成されていたことを示しています。
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三国時代(中国)
Q10
3世紀ごろ、倭の女王である卑弥呼が使いを送った中国の国と、当時その国と勢力を争っていた国の組み合わせとして正しいものを選びなさい。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
魏 ―― 呉・蜀
卑弥呼が使いを送った相手は、中国大陸の北部に位置した「魏」という国です。当時の中国大陸は、北部の魏、南東部の呉、南西部の蜀の三つの勢力が争っており、この複雑な国際情勢の中で、邪馬台国は魏との外交関係を築くことで自国の立場を安定させようとしました。
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前方後円墳の広がり
Q11
5世紀の日本各地における古墳の分布状況を見ると、近畿地方で誕生した特定の形式の古墳が、九州から東北地方までの広い範囲に築造されていることが分かります。この歴史的背景について説明した文として、最も適切なものはどれか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大和政権の支配や政治的なつながりが各地に広がった
近畿地方の大王(後の天皇)を中心とする大和政権が、各地の豪族と政治的な同盟や支配関係を結んだことで、勢力の象徴である前方後円墳という同じ形式の古墳が共有されるようになりました。国分寺は8世紀の奈良時代、荘園の拡大は平安時代以降、竪穴住居は縄文・弥生時代からの住居形式であり、5世紀の古墳時代の動向を説明するものではありません。
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ヤマト王権と南朝
Q12
5世紀に「倭の五王」が中国の南朝へ繰り返し使者を送り、朝貢を行った背景や目的についての説明として、最も適切なものを選択してください。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
中国の皇帝から称号を授かることで、国内の豪族に対する統治の正当性を高め、朝鮮半島南部における軍事的な立場を有利にするため。
ヤマト王権の王たちは、中国の皇帝から「安東大将軍」などの高い称号を得ることで、日本国内における絶対的な権威を確立しようとしました。また、当時の朝鮮半島では高句麗や新羅、百済が対立しており、その中での軍事的な優位性を国際的に承認させる狙いもありました。
秋田公立高校入試(2025)類似
大和政権
Q13
3世紀後半から4世紀にかけての日本列島の歴史において、大規模な古墳の築造が始まった時期の政治状況を説明した文として、最も適切なものはどれか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
近畿地方の有力な豪族を中心とした、複数の勢力による政治連合が形成された。
3世紀後半から4世紀ごろになると、近畿地方の有力な豪族たちが中心となり、各地の勢力を結びつけた政治的な連合体が成立しました。これが大和政権(ヤマト王権)であり、その成立と発展は、各地に共通の形式を持つ巨大な古墳が築かれるようになったことからも裏付けられます。弥生時代の小国が乱立し、争いを繰り返していた段階から、より広範な地域を統括する仕組みへと移行した重要な時期といえます。
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古代東アジアとの交流
Q14
古墳時代の東アジアにおける対外関係と文化の流入について、その背景と内容を説明したものとして正しいものはどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
倭の王権は朝鮮半島の諸国や中国の王朝と交流し、馬具などの実用的な技術や高度な工芸品を取り入れていた。
古墳時代の日本(倭)は、朝鮮半島の高句麗・百済・新羅・加耶、そして中国の諸王朝と政治的・経済的な結びつきを強めていました。この交流を通じて、大陸の進んだ技術や文化が日本列島へもたらされました。具体的には、乗馬の風習とともに伝えられた「馬具」や、高度な鋳造技術による「銅製水瓶」などが各地の有力者の古墳に副葬されており、これらは当時の対外関係の重要性を物語る重要な資料となっています。
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大王
Q15
古墳時代のヤマト政権における、大王と豪族の関係性や政治の仕組みについて述べたものとして、正しいものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
大王は、有力な豪族たちと連合し、彼らを従えることで政権を運営した。
ヤマト政権は当初、奈良盆地などの有力な勢力が結びついた「連合政権」としての性格が強いものでした。大王は、各地の豪族に「氏(うじ)」や「姓(かばね)」という地位を与える氏姓制度などを通じて、彼らを組織的に従えながら統治を進めていきました。
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渡来人
Q16
4世紀から7世紀頃にかけて、朝鮮半島から日本列島へ移り住み、大陸の高度な技術や文化を伝えた人々を何と呼びますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
渡来人
朝鮮半島での戦乱などを背景に、4世紀から7世紀頃にかけて日本列島へ移住した人々です。彼らは大和政権(ヤマト王権)に仕え、漢字、儒教、仏教のほか、須恵器の製作技術や土木、養蚕、機織りなどの高度な技術を伝え、古代日本の国家形成に大きな影響を与えました。
和歌山公立高校入試(2016)類似
三国時代(中国)
Q17
3世紀ごろの中国大陸の情勢と、当時の日本との関わりについて述べた文として、内容が正しいものを一つ選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
魏・呉・蜀の三つの国が分立して争っており、邪馬台国の卑弥呼はそのうちの魏に使いを送った。
中国の歴史書『魏志』倭人伝には、3世紀の中国が魏・呉・蜀の三国に分かれて争っていたこと、そして日本の卑弥呼が魏の皇帝から称号を授かったことが記されています。他の選択肢にある秦による統一は紀元前3世紀、隋による統一は6世紀末、唐との交流は7世紀以降の出来事であり、時期が異なります。
沖縄公立高校入試(2025)類似
古代日本の中国王朝への朝貢
Q18
3世紀、邪馬台国の女王である卑弥呼は、中国の魏へ使いを送り「親魏倭王」の称号を授かりました。このように、当時の倭の勢力が中国の王朝へ朝貢を行った政治的な背景として、最も適切な説明はどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
中国皇帝の権威を背景にすることで、国内の諸勢力に対する支配力を高めるため
3世紀の日本はまだ統一国家ではなく、多くの小国が対立する状況(倭国大乱など)にありました。卑弥呼は中国の強大な王朝である「魏」から称号や金印、銅鏡などを授かることで、その権威を国内に示し、自らの統治能力や地位をより強固なものにしようとしました。これは外交を利用した国内統治の強化という側面を持っています。
鳥取公立高校入試(2020)類似
倭王の朝鮮半島外交と鉄資源
Q19
5世紀頃、ヤマト政権の王が中国の南朝へ使いを送った主な目的として、最も適切な説明はどれか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
朝鮮半島南部における軍事的な指揮権の承認を得て、武器や農具の原料となる鉄資源を安定的に確保するため
5世紀の「倭の五王」は、中国の南朝へ遣使し、朝鮮半島南部での軍事的な優位性を認めさせることで、当時日本国内で産出できなかった鉄資源を安定して入手しようとしました。これにより、強力な武器や効率的な農具を生産し、半島諸国や国内の豪族に対して政治的な優位を保つ狙いがありました。
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倭の王としての地位の承認
Q20
5世紀の日本において、倭の五王と呼ばれる王たちが中国の南朝へ繰り返し使節を送った目的として、最も適切な説明はどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
中国皇帝から王としての国際的な地位を認められ、朝鮮半島南部での立場を有利にするため
5世紀の古墳時代、倭の五王は中国の南朝に朝貢しました。当時の倭の王は、大陸の強大な王朝から「倭王」としての称号(冊封)を得ることで、自身の権威を国内外に示すとともに、鉄資源の供給地として重要だった朝鮮半島南部における外交的・軍事的な優位性を確保しようと考えました。
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大仙古墳
Q21
大阪府の百舌鳥・古市古墳群に含まれる、三重の濠が巡らされた日本最大の前方後円墳の名称と、それが登録されているユネスコの区分の組み合わせとして正しいものを次から選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大仙古墳(世界文化遺産)
5世紀の古墳時代中期に築造された大仙古墳は、全長約486メートルを誇る日本最大の古墳です。その圧倒的な規模と独特な形状は、当時のヤマト政権の強力な支配力を示すものと考えられています。2019年には、周辺の古墳とともに「百舌鳥・古市古墳群」としてユネスコの世界文化遺産に登録されました。
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大王
Q22
5世紀後半の日本列島において、大和政権の支配力が関東地方から九州地方にまで広く及んでいたことを示す歴史的背景として、最も適切な説明を選びなさい。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
埼玉県の稲荷山古墳と熊本県の江田船山古墳から、同一の最高権力者である大王の名を刻んだ鉄剣・鉄刀が出土した。
埼玉県の稲荷山古墳で出土した鉄剣には「獲加多支鹵大王(ワカタケルオオキミ)」という文字が刻まれていました。同様の銘文を持つ鉄刀が熊本県の江田船山古墳からも見つかっていることから、5世紀後半には近畿地方の大和政権が、関東から九州に至るまでの広い範囲を勢力下に置いていたことが実証されています。
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大王(おおきみ)
Q23
大阪府の「百舌鳥・古市古墳群」に代表される、5世紀ごろに築かれた巨大な前方後円墳についての説明として最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大和政権の最高権力者である大王(おおきみ)の強大な権力を示すものである
「百舌鳥・古市古墳群」に含まれる大山古墳(伝仁徳天皇陵)のような巨大な古墳の造営には、膨大な数の労働者と高度な土木技術、そしてそれらを統制する強力な組織力が必要でした。これは大和政権の最高権力者である「大王」が、広範囲にわたる豪族や民衆を支配下に置いていたことを証明する歴史的背景を持っています。
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須恵器
Q24
400年頃に倭王が中国へ使いを送っていた記録がある時代から、平城京へと遷都されるまでの期間にかけて、日本列島では大陸との交流が盛んに行われました。この時期の文化や技術の伝来について述べた文として、正しいものを選択してください。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
渡来人によって、須恵器の製作技術や、漢字・儒教・仏教などが日本へ伝えられた。
古墳時代の5世紀前後から、朝鮮半島や中国大陸から移り住んだ「渡来人」は、当時の日本に存在しなかった高度な技術や文化を伝えました。これには、須恵器の製作技術のほか、機織り、金属工芸、さらには漢字や儒教、そして後の飛鳥文化の基盤となる仏教などが含まれます。選択肢にある「国風文化」は平安時代中期、「千歯扱き」は江戸時代の特色であり、この時期の出来事とは一致しません。
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大王
Q25
5世紀後半のものとされる埼玉県稲荷山古墳出土の鉄剣や、熊本県江田船山古墳出土の鉄刀には、「ワカタケル大王」という名が刻まれています。この事実から推測される当時のヤマト政権の様子について、最も適切な説明はどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
大王の支配力が、関東地方から九州北部まで広範囲に及んでいた。
遠く離れた埼玉と熊本の両地域から同じ大王の名が記された遺物が出土したことは、5世紀後半までにヤマト政権の勢力(大王の権威)が関東から九州北部にまで拡大し、各地の豪族を服属させていたことを裏付ける重要な証拠となっています。
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大仙古墳(仁徳天皇陵古墳)
Q26
5世紀ごろに造られた大仙古墳のような巨大な前方後円墳について、このような大規模な墳墓が築かれた歴史的な背景として最も適切な説明はどれか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
ヤマト政権の大王が、膨大な労働力を動員できるほどの強大な権力を持っていたことを示すため。
大仙古墳のような巨大な前方後円墳の建設には、延べ数百万人とも言われる膨大な労働力と長い年月が必要でした。これほど大規模な墓を築くことができた事実は、被葬者である大王が近畿地方を中心として、広範囲にわたる民衆や地方の豪族を統制し、支配下に置いていたことを証明しています。
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須恵器
Q27
4世紀から5世紀にかけての古墳時代、大陸から日本列島へ移り住んだ渡来人によって伝えられた、青灰色で非常に硬い土器の名称を答えなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
須恵器
古墳時代になると、朝鮮半島などから移住した渡来人によって、新しい技術や文化がもたらされました。その一つである須恵器は、それまでの弥生土器などが野焼き(低温)で焼かれていたのに対し、斜面を利用した「登り窯」を用いて1000度以上の高温で焼成されました。この技術革新により、実用的で堅牢な土器の生産が可能となりました。
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倭の五王による中国南朝への朝貢
Q28
5世紀初めから約1世紀の間にわたって行われた、ヤマト王権の外交活動に関する記述として正しいものはどれですか。
★ やさしい
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
中国の南朝の歴史書に、倭の五王と呼ばれる王たちが使者を送った記録が残されている
5世紀、ヤマト王権は当時の中国の南朝(宋など)へ朝貢を行っていました。中国の歴史書には、讃・珍・済・興・武という5人の王が記録されており、彼らが軍事的な称号や政治的地位を求めていたことが記されています。他の選択肢は、3世紀の邪馬台国、7世紀の遣隋使、あるいは7世紀以降の遣唐使に関する内容であり、時代背景が異なります。
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漢字の伝来
Q29
古代、朝鮮半島や中国大陸から日本列島へ移り住み、高度な技術や文化を伝えた人々は、仏教とともに漢字を日本へ伝えました。この、大陸から移住して日本列島の文化や政治に大きな影響を与えた人々を何と呼びますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
渡来人
4世紀から5世紀以降、朝鮮半島や中国大陸から日本列島へ移り住んだ人々は、土器の製作、織物、灌漑などの技術とともに、それまで日本にはなかった文字(漢字)や、精神的な教えである仏教をもたらしました。彼らはその知識や技術を活かし、古代国家の形成において重要な役割を果たしました。
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大和政権
Q30
4世紀から7世紀にかけて、近畿地方の有力な一族を中心として組織され、日本の大部分を統治した政治組織の仕組みについて述べたものとして最も適切なものはどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大王(おおきみ)と呼ばれる首長を中心として、各地の有力な豪族が連合して構成された。
4世紀頃に近畿地方を拠点として成立した大和政権は、豪族と呼ばれる有力な一族が連合して形成された組織です。その中心には「大王(おおきみ)」と呼ばれる世襲の王が君臨し、有力な豪族たちは職務を分担して政権を支えました。この体制は、後の律令国家へと発展していく基礎となりました。
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大仙古墳
Q31
大仙古墳に代表されるような、非常に広大な面積を占める巨大な前方後円墳が、5世紀ごろの近畿地方を中心に築かれた歴史的な背景を述べた文として、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
ヤマト政権の首長である大王が、自らの強大な権力や経済力を国内外に誇示するため。
古墳の大きさは、そこに葬られた人物の権力や、動員できた労働力の規模を象徴しています。三重の濠を持つほど巨大な大仙古墳のような古墳が造られたことは、ヤマト政権の首長(大王)が近畿地方の有力豪族をまとめ上げ、強力な支配体制を築いていたことを裏付けています。なお、仏教伝来や律令制度の導入は、これよりも後の時代のことです。
島根公立高校入試(2021)類似
渡来人
Q32
5世紀頃、大陸から日本へ移住した人々によって伝えられた技術のうち、それまでの赤褐色の土器とは異なり、穴窯を用いて高温で焼かれた硬い灰色の土器を何と呼びますか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
須恵器
渡来人は日常生活に密着した技術も多く伝播させました。それまで日本で作られていた土器よりも高い温度で焼成する技術や、ろくろを使用する技法が伝わったことで、より実用的で耐久性の高い器が生産されるようになりました。
大阪公立高校入試(2024)類似
倭の五王による南朝外交
Q33
中国の歴史書である『宋書』倭国伝には、5世紀に倭の五王が中国へ使者を送ったことが記されています。この「五王」が朝貢(皇帝への貢ぎ物)を行った相手である、当時の中国の勢力を何と呼びますか。
★★ 基本
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
南朝
当時の中国は、南北に王朝が分かれて対立する「南北朝時代」にありました。倭の五王(讃・珍・済・興・武)は、そのうち南側の「宋」などの王朝、すなわち南朝に使者を送りました。北朝は主に華北を支配していた別の勢力であり、隋や唐はのちに中国を統一した、より新しい時代の王朝です。
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渡来人
Q34
5世紀ごろの古墳からは、鉄器の材料となる「鉄の延べ板」が数多く出土しており、朝鮮半島から移住してきた人々がもたらした技術の高さがうかがえます。これら渡来人が当時の日本(ヤマト王権)に与えた影響について述べた文として、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
鉄製の工具や農具の普及により、土木技術が向上し、巨大な古墳の造営や大規模な農地の開墾が可能になった。
渡来人が伝えた鉄器の製造技術は、それまでの木製や石製の道具に比べて耐久性と効率を飛躍的に高めました。これにより、大規模な治水工事や開墾が行われて農業生産力が増大し、その経済力を背景に大王(ヤマト王権)を中心とする支配体制の基盤が強化されることにつながりました。
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渡来人
Q35
4世紀から7世紀頃にかけて、朝鮮半島や中国大陸から日本列島へ移住し、漢字や儒教、仏教などの大陸文化や、優れた製作技術を伝えた人々を何と呼びますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
渡来人
朝鮮半島での動乱などを背景に、優れた技術や知識を持つ人々が日本列島へ渡ってきました。彼らは大和政権に仕え、文字(漢字)の記録や外交、土木技術、金属工芸などの分野で重要な役割を果たし、日本の古代国家形成に大きな影響を与えました。
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江田船山古墳
Q36
熊本県に位置する前方後円墳である江田船山古墳からは、金象嵌(きんぞうがん)で文字が刻まれた鉄刀が出土しています。この鉄刀に「ワカタケル大王」の名が刻まれていたことは、当時の日本におけるどのような政治的状況を証明するものとして重要視されていますか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
ヤマト王権の勢力が、九州地方にまで及んでいたこと
5世紀後半のものとされる江田船山古墳の鉄刀には「ワカタケル大王(雄略天皇)」の名が刻まれており、これはヤマト王権(大和政権)の支配力が九州地方にまで浸透していたことを示す決定的な証拠となっています。同様の銘文を持つ鉄剣が埼玉県の稲荷山古墳からも出土しているため、当時の王権が関東から九州までの広範囲を統治下に置いていたことがわかります。
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須恵器
Q37
古墳時代、朝鮮半島から日本列島に移り住んだ人々によって、新たな土器の製作技術が伝えられました。専用の窯(かま)を用いて高温で焼成されることで、それまでの土器に比べて非常に硬く、色が灰色をしていることが特徴の土器を何と呼びますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
須恵器
古墳時代、朝鮮半島から移住した渡来人によって、穴窯(あながま)を用いた最新の作陶技術がもたらされました。従来の土師器(はじき)が野焼きで焼かれる赤褐色の土器であったのに対し、須恵器は1000度以上の高温で焼成されるため、実用性が高い硬質な土器として普及しました。
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大仙古墳の所在地
Q38
5世紀頃に現在の大阪府堺市などに造られた大仙古墳のような巨大な前方後円墳について、当時の社会背景を説明したものとして最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大和政権(ヤマト王権)の大王が、膨大な労働力を動員できる強力な支配権を及ぼしていた。
近畿地方にある大仙古墳のような巨大な墳墓の築造には、極めて多くの人手と長い年月が必要でした。このような大規模な土木工事が可能であったことは、当時の大王が広い範囲にわたって人々を支配し、動員できるほど強力な権力を持っていたことを示しています。
三重公立高校入試(2020)類似
大仙古墳(仁徳天皇陵古墳)
Q39
大阪府堺市に位置する大仙古墳(仁徳天皇陵古墳)が属しており、周辺の古墳とともに2019年に世界文化遺産に登録された古墳群の名称として正しいものはどれか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
百舌鳥・古市古墳群
大仙古墳は、大阪府堺市の「百舌鳥(もず)古墳群」を代表する古墳です。隣接する羽曳野市・藤井寺市の「古市(ふるいち)古墳群」とともに、古代日本の国家形成過程や階層社会を象徴する物証として評価され、「百舌鳥・古市古墳群 ―古代日本の墳墓群―」として世界文化遺産に登録されました。
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稲荷山古墳
Q40
埼玉県の稲荷山古墳から見つかった「ワカタケル大王」の銘文がある鉄剣と、熊本県の江田船山古墳から見つかった同様の銘文がある鉄刀は、5世紀後半の日本列島の政治状況についてどのようなことを物語っていますか。最も適切な説明を選んでください。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
ヤマト政権の政治的な影響力が、九州から関東地方に及ぶほど広範囲に拡大していたこと
遠く離れた埼玉県(稲荷山古墳)と熊本県(江田船山古墳)の両方から、同一の首長(ワカタケル大王)に仕えていたことを示す遺物が見つかったことは、当時のヤマト政権の権威や支配体制が、近畿地方を中心に九州から関東にまで広く浸透していたことを示しています。これは、日本列島における統一国家形成の過程を理解する上で非常に重要な事実です。
鳥取公立高校入試(2020)類似
倭王の朝鮮半島外交と鉄資源
Q41
世界文化遺産に登録された百舌鳥・古市古墳群に含まれ、5世紀頃に築造された日本最大の前方後円墳として知られる、当時のヤマト政権の強大な勢力を象徴する古墳はどれか。
★ やさしい
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
大仙古墳(伝仁徳天皇陵)
大阪府にある大仙古墳は、5世紀のヤマト政権の最盛期に築かれた日本最大の古墳です。これほど巨大な墳墓を築造できたことは、当時の政権が朝鮮半島から確保した鉄製工具を用い、大規模な土木作業を指揮できるほどの強大な権力を持っていたことを物語っています。
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須恵器
Q42
群馬県の綿貫観音山古墳から出土した資料などに見られる、灰色で硬く焼き締められた土器の製作上の特徴について述べた文として、最も適切なものはどれか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
朝鮮半島から伝わった技術を使い、穴窯の中で酸素を制限しながら高温で焼かれた
群馬県の綿貫観音山古墳から出土したような灰色の硬質な土器は須恵器と呼ばれます。これは5世紀頃に朝鮮半島から伝来した技術で、斜面に作った穴窯を使用することで、野焼きでは不可能な1000度以上の高温状態を保って焼成されました。この製法によって粘土が焼き締まり、金属のような硬さを持つ土器が誕生しました。
長崎県公立高校入試(2018)類似
前方後円墳
Q43
古墳時代に、前方後円墳という特定の形式が日本各地の有力者の墓として採用されたことは、当時の政治状況においてどのようなことを意味していますか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
近畿地方のヤマト政権(大和朝廷)の影響力が各地に及んでいたこと
鍵穴のような特有の形状が標準化され、各地で模倣されたことは、その地域の有力者が近畿のヤマト政権と政治的な同盟関係や主従関係を結んでいたことを示しています。これにより、ヤマト政権を中心とした政治体制が広まっていったことがわかります。
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前方後円墳
Q44
古墳時代を象徴する墓の形式で、円形と方形を組み合わせた鍵穴のような独特の形状を特徴とし、大阪府にある日本最大の規模を誇る大仙古墳(伝仁徳天皇陵)にも採用されている名称を答えなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
前方後円墳
古墳時代の3世紀後半から6世紀にかけて、近畿地方を中心に日本各地で築かれた墓の形式です。この形式が全国的に広がったことは、大和政権(ヤマト王権)による政治的な支配や影響力が各地に及んでいたことを示す重要な証拠と考えられています。大阪府の堺市にある大仙古墳は、この形式の代表例であり、世界最大級の墳墓として知られています。
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渡来人
Q45
4世紀から6世紀にかけて朝鮮半島などから日本列島へ移り住み、漢字や儒教、仏教のほか、機織り、土木、金属加工といった大陸の進んだ技術を伝えた人々を何と呼ぶか、最も適切なものを選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
渡来人
4世紀から6世紀にかけて、朝鮮半島の戦乱などを背景に、多くの人々が日本列島へ移住しました。彼らは渡来人と呼ばれ、大陸の高度な技術や文化を日本へもたらしました。彼らが伝えた漢字は、後の公文書作成の基礎となり、仏教の伝来は日本の文化や政治のあり方に大きな影響を与えました。
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倭王の中国への遣使
Q46
鳥取県内最大級の北山古墳が築造された400年頃(5世紀)の、日本と中国の関係について述べた記述として正しいものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
倭王たちが中国の王朝へ使節を送り、自らの地位を正式に認めさせることで、国内での権威や統治の正当性を高めようとした。
4世紀から5世紀にかけて、日本各地で大規模な前方後円墳が築造された時期は、近畿地方を中心とする大王(王権)が勢力を広げていた時期に重なります。この頃の倭王は、中国の王朝に貢ぎ物を届けて「倭王」としての称号を得ることで、その強大な権力を国内外に示しました。これは1世紀に奴国の王が金印を授かった頃に比べ、より広域で組織的な統治が始まっていたことを示しています。
鹿児島県公立高校入試(2023)類似
渡来人
Q47
4世紀から7世紀頃、朝鮮半島や中国大陸から日本列島へ移り住み、須恵器の製作技術や漢字、仏教などを伝えた人々を何と呼ぶか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
渡来人
大陸での争乱を避けるために日本に移り住んだ、あるいは大和政権に招かれた人々を指します。彼らは土木、養蚕、機織り、金属加工などの高度な技術のほか、漢字や仏教、儒教といった思想・文化をもたらし、日本が国家としての形を整える上で重要な役割を果たしました。
和歌山公立高校入試(2014)類似
大和政権の勢力範囲
Q48
熊本県の江田船山古墳から出土した鉄刀と、埼玉県の稲荷山古墳から出土した鉄剣には、いずれも「ワカタケル大王」の名が刻まれていました。この事実から推測される、5世紀ごろの大和政権の勢力範囲に関する説明として、最も適切なものを選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大和政権の勢力は、九州北部から関東地方南部におよぶ広い範囲に広がっていた。
九州(熊本県)と関東(埼玉県)という、当時の交通手段では非常に遠く離れた2つの地点から同じ大王の名を記した刀剣が出土したことは、大和政権の支配力がその両地域にまで及んでいたことを客観的に証明するものです。一方で、この時代の支配が東北地方にまで及んでいたことを示す証拠は見つかっていないため、範囲の特定には注意が必要です。
鳥取公立高校入試(2024)類似
須恵器
Q49
古墳時代の日本列島において、大陸から移住してきた渡来人によって伝えられた、青灰色で非常に硬い性質を持つ土器の名前を答えなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
須恵器
朝鮮半島から渡来した人々が伝えた技術により、古墳時代から作られるようになった土器です。それまでの土器が野焼きで焼かれていたのに対し、斜面を利用した穴窯(あながま)を使い、1000度以上の高温で焼き上げるため、非常に硬質(こうしつ)で液体が漏れにくいという特徴があります。
神奈川公立高校入試(2026)類似
漢字の伝来
Q50
古代日本における漢字の伝来とその影響について述べた説明として、最も適切なものはどれですか。大陸から移住してきた人々の活動や、宗教的な背景を踏まえて選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
渡来人が仏教の経典とともに漢字を伝え、日本人が公的な記録や情報の伝達を行う手段として定着した。
朝鮮半島や中国大陸から移住した渡来人によって、漢字は仏教の経典とともに日本に伝えられました。当時、文字を持たなかった日本列島の人々は、これを受け入れることで歴史の記録や公的な文書の作成、そして宗教の理解を深めることが可能になり、日本の文明化に大きな影響を与えました。
熊本県公立高校入試(2024)類似
渡来人
Q51
大和政権(ヤマト王権)において、朝鮮半島から移り住んだ人々の知識や能力が、政権の運営にどのように活かされたか。当時の記録や実務に関する説明として、最も適切なものを選びなさい。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
文字の読み書きや計算の能力を活かし、公文書の作成や財政管理といった行政実務を担った。
渡来人は優れた技術者であるだけでなく、文字や計算に精通した知識人でもありました。大和政権は、彼らを「史(ふひと)」として起用し、記録の作成や、貢物(税)の管理などの高度な事務・財政実務を担当させることで、政権の統治機構を強化しました。これに対し、防人は主に東国から徴収された兵士が九州の警備にあたった制度であり、御家人は鎌倉時代の武士を指すため、時代や役割が異なります。
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前方後円墳
Q52
古墳時代に見られる、上から見ると鍵穴のような形(一方が四角く、一方が丸い)をした古墳の特徴について述べた文として、正しいものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
近畿地方を本拠とする大和政権の拡大に伴い、各地の首長に受け入れられた形式である
前方後円墳は3世紀後半から造られ始め、大和政権(ヤマト王権)の拡大とともに全国へ普及しました。大阪府にある大山古墳(伝・仁徳天皇陵)のように世界最大級の規模を持つものもあり、これは当時の王の権力の強大さを物語っています。
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前方後円墳
Q53
古墳時代、各地の有力者が巨大な墓を造りました。その中でも、上から見ると鍵穴のような独特の形(一方が四角形で、もう一方が円形)をした、日本独自の形式の古墳を何と呼びますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
前方後円墳
3世紀後半から6世紀頃にかけて造られた、日本を代表する古墳の形式です。近畿地方で発生し、一方が方形(四角)、もう一方が円形を呈していることからその名がつきました。当時の首長の権力の大きさを示す象徴的な建造物です。
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倭の五王の遣使
Q54
巨大な前方後円墳が各地で盛んに造られていた古墳時代の5世紀ごろ、ヤマト王権の王たちは、自らの地位を国際的に認めさせるために中国の王朝へ使節を送りました。このとき、倭の五王が朝鮮半島での軍事的な指揮権などを認めてもらうために交渉を行った相手は、当時の中国のどの勢力ですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
中国の南朝
古墳時代の5世紀、ヤマト王権(倭国)の「讃・珍・済・興・武」という5人の王(倭の五王)は、当時の中国で南側に成立していた「南朝」の諸王朝(宋など)へ使節を送りました。これは、中国の皇帝から称号を得ることで、国内での支配権を固めるとともに、朝鮮半島における政治的・軍事的な立場を他国に対して有利に進める狙いがありました。
長野県公立高校入試(2017)類似
倭の王としての地位の承認
Q55
「大陸の王朝の力を利用して国づくりをはじめた」とされる5世紀の倭の王について、当時の国際情勢と外交方針を述べた文として正しいものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
倭の王は南朝へ朝貢し、朝鮮半島南部における立場を有利にするための承認を求めた
5世紀の倭の王たちは、中国の南朝に使いを送り、皇帝から「安東大将軍」などの称号を授かりました。これは中国の国際秩序の中に組み込まれることで、朝鮮半島南部での自国の影響力を正当化し、他の諸国との交渉を有利に進める狙いがありました。他の選択肢は、飛鳥時代、鎌倉時代、室町時代の出来事です。
徳島公立高校入試(2017)類似
渡来人
Q56
渡来人が日本列島にもたらした技術や文化のうち、当時のヤマト政権(大和朝廷)が組織を運営し、他国との交渉を行う上で、特に記録や伝達の手段として不可欠となったものはどれか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
漢字
文字を持たなかった当時の日本において、渡来人がもたらした漢字は極めて重要な役割を担いました。ヤマト政権は、渡来人の子孫たちを「史(ふひと)」などの役職に就け、朝廷の記録作成や、中国・朝鮮半島の諸国との外交文書の作成に当たらせました。これにより、組織的な統治や国際的な交渉が可能になりました。
鳥取公立高校入試(2024)類似
須恵器
Q57
古墳時代に大陸からの渡来人がもたらした技術や文化について、当時の状況を説明した文として最も適切なものはどれか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
山の斜面を利用した穴窯を築き、高温で焼き上げる硬質の須恵器の製法が伝わった。
4世紀から5世紀にかけて、大陸や朝鮮半島から多くの渡来人が移住し、新しい技術を日本列島に伝えました。彼らは金属器の加工や織物の技術とともに、密閉された穴窯で焼成する須恵器の技術をもたらしました。この技術により、従来の土器よりも高い強度を持つ器の生産が可能となりました。他の選択肢は縄文時代、弥生時代、または飛鳥時代以降の出来事です。
大阪公立高校入試(2024)類似
倭の五王による南朝外交
Q58
5世紀、ヤマト政権の王たちは「倭の五王」として中国の南朝に相次いで使者を送りました。当時の王たちが、朝鮮半島での軍事的な立場を有利にしたり、国内の支配体制を安定させたりするために、中国の皇帝から得ようとしたものは何ですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
自らの地位や権威を証明する称号
5世紀の朝鮮半島では高句麗が南下政策をとっており、ヤマト政権は百済や加耶(加羅)との関係を維持するために、中国の皇帝から軍事指揮権を含む官号(称号)を得る必要がありました。中国という巨大な帝国の権威を借りることで、国際的な立場を強めると同時に、日本国内の豪族たちに対する支配の正当性を主張しようとしたのが主な目的です。
愛媛公立高校入試(2019)類似
ワカタケル大王
Q59
5世紀ごろ、大和政権(ヤマト王権)の支配が関東地方や九州地方まで及んでいたことを示す歴史資料があります。埼玉県の稲荷山古墳や熊本県の江田船山古墳から出土した鉄剣・鉄刀に、その名が刻まれていた人物として正しいものを選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
ワカタケル大王
埼玉県の稲荷山古墳や熊本県の江田船山古墳から出土した文字が刻まれた鉄剣・鉄刀には、大和政権の「ワカタケル大王」という名が記されていました。同一人物の名が刻まれた遺物が関東と九州の双方で見つかったことは、5世紀後半には大和政権の支配力が日本列島の広範囲に及んでいたことを証明する重要な根拠となっています。
三重公立高校入試(2024)類似
埴輪
Q60
古墳時代の文化において、古墳の頂上や周囲を囲むように並べられた、円筒の形や人間、家などの形を模した土製の焼き物を何といいますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
埴輪
古墳の周囲や墳丘の上に立て並べられた焼き物を埴輪と呼びます。縄文時代に魔除けや豊かな収穫を祈って作られた「土偶」と混同されやすいですが、埴輪は古墳時代特有のものです。初期は円筒形が中心でしたが、次第に家、盾、人物、動物などの形をしたものが作られるようになりました。
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大和政権の勢力拡大
Q61
5世紀頃、近畿地方を中心とする大和政権(ヤマト王権)の支配が各地に広がっていったことを示す資料として、大阪府にある大山古墳(仁徳天皇陵)のような巨大な前方後円墳が築かれました。こうした時期に、地方の有力者の墓から出土したもので、大和政権の王の名称が刻まれていたとされる遺物はどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
王の名称が刻まれた鉄剣や鉄刀
5世紀の大和政権の王(大王)は、支配下に入った地方の有力者に対して、その地位を認める証として名前を刻んだ刀剣などを与えました。埼玉県(稲荷山古墳)や熊本県(江田船山古墳)といった遠く離れた地域の有力者の墓から、同じ王の名が刻まれた遺物が見つかっていることは、政権の勢力が関東から九州まで及んでいたことを裏付ける重要な証拠となっています。
大阪公立高校入試(2024)類似
倭の五王による南朝外交
Q62
倭の五王の一人である「武」は、中国の南朝の皇帝に上表文(手紙)を送り、自らの祖先がいかにして国土を広げたかを伝えました。この「武」は、日本の歴史上のどの人物であると比定(推定)されていますか。
★★★ 標準
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
ワカタケル大王(雄略天皇)
倭の五王の最後の一人である「武」は、埼玉県で見つかった稲荷山古墳の鉄剣銘などに記された「獲加多支鹵大王(ワカタケル大王)」、すなわち雄略天皇であると考えられています。この時期、ヤマト政権の支配範囲が関東から九州にまで及んでいたことが、金石文と中国の歴史書の両方の記述から裏付けられています。
千葉県公立高校入試(2021)類似
渡来人
Q63
4世紀から5世紀にかけて、朝鮮半島などから日本列島へ移り住み、漢字や儒教、さらには須恵器の製作技術や鉄器の製造といった高度な文化や技術を伝えた人々を何と呼びますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
渡来人
朝鮮半島における戦乱や政治的変動を背景に、日本列島へ移り住んだ人々を指します。彼らがもたらした漢字は記録手段として、儒教は政治理念として、また須恵器や鉄器の製作技術は人々の生活や軍事力を向上させる大きな力となりました。ヤマト王権はこれらの人々を組織に組み込むことで、国家の基盤を固めていきました。
富山県公立高校入試(2019)類似
前方後円墳
Q64
古墳時代を代表する、前部が方形(四角形)、後部が円形の形状をした巨大な墳墓の名称として正しいものを選択してください。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
前方後円墳
この形状の墳墓は、古墳時代を象徴する代表的な形式です。4世紀から5世紀にかけて特に巨大なものが築かれるようになり、近畿地方を拠点とする勢力の強大さを示すものと考えられています。全国各地に同じ形式の古墳が広まったことは、当時の政治体制を知る重要な手がかりとなります。
長崎県公立高校入試(2018)類似
須恵器
Q65
古墳時代の日本列島では、海外から高度な技術や文化を持つ人々が移り住み、社会の発展に大きな影響を与えました。高温で焼く硬い灰色の土器である「須恵器」の技術を日本に伝えた、朝鮮半島などから移住してきた人々を何と呼びますか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
渡来人
朝鮮半島や大陸から日本列島へ移り住んだ渡来人は、須恵器の製作技術のほか、鉄器の加工、養蚕、織物、漢字や儒教といった高度な技術や文化を伝えました。これらの技術はヤマト政権の勢力拡大や、当時の有力豪族の経済力の向上に大きく貢献しました。
岡山公立高校入試(2015)類似
埴輪と大王
Q66
古墳時代には、巨大な墳墓の周囲や頂上に、土で作られた焼き物が並べられました。これらには円筒形のもののほか、家、馬、あるいは武具を身につけた人物をかたどったものがありますが、これらを総称して何と呼びますか。
★ やさしい
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
埴輪
古墳の周囲や墳丘の上に並べられた土製品を埴輪(はにわ)と呼びます。埴輪には、王の権威を示す役割や、葬儀の儀式の様子を再現する役割があったと考えられています。縄文時代に魔除けや安産を祈願して作られた「土偶」とは、作られた時代や目的が異なるため、混同しないよう注意が必要です。
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前方後円墳
Q67
古墳時代に築かれた、円形と方形を組み合わせた鍵穴のような形状を持つ巨大な墓について、その名称と当時の状況を正しく述べたものはどれですか。
★★ 基本
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
名称は前方後円墳であり、ヤマト王権の勢力が及んだ東北地方から九州地方にかけての広い範囲で見られる。
前方後円墳は、日本独自の古墳形式であり、その分布は北は東北地方から南は九州地方にまで及んでいます。これは、各地の豪族がヤマト王権を中心とする政治秩序に参加していたことを意味します。装飾古墳は内部に彩色や彫刻があるものを指し、円墳や方墳はより一般的な形状ですが、前方後円墳ほどの政治的象徴性は持ちません。また、古墳はあくまで豪族の墓であり、役所の目印ではありません。
和歌山公立高校入試(2021)類似
渡来人
Q68
古墳時代における渡来人の活動と、日本社会に与えた影響について述べた文として、正しいものはどれか選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
朝鮮半島から移住し、漢字や仏教の伝来、須恵器などの陶質土器の製作技術を日本に伝えた。
当時の日本にはなかった高度な知識や技術を持っていた人々に関する記述です。彼らが伝えた「須恵器」は、従来の土師器よりも高温で焼かれた硬い陶質土器であり、生活様式の変化をもたらしました。また、文字(漢字)の導入により、行政や外交などの記録が可能になり、大和政権の組織化が促進されました。
愛知公立高校入試(2023)類似
大和政権の影響拡大
Q69
古墳時代において、近畿地方から始まったとされる前方後円墳が、後に徳島県や香川県など近畿以外の地域でも築かれるようになりました。この「前方後円墳」が普及した主な要因として、当時の政治体制の仕組みから説明したものとして適切なものはどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
大和政権と結びついた地方の豪族が、自らの地位や権威を示すために共通の形式で墓を造ったため
前方後円墳の広まりは、大和政権を中心とした政治的な秩序が形成されていたことを裏付けています。地方の豪族は大和政権から認められることで自らの支配権を正当化し、その象徴として大和政権の王と同じ形式の古墳を築きました。班田収授法や国司の派遣は、後の律令時代の制度であり、古墳時代の大和政権による統治体制とは異なります。
高知公立高校入試(2026)類似
渡来人の流入と技術伝来
Q70
5世紀ごろ、朝鮮半島における勢力争いや戦乱を避けて日本列島へ移住し、須恵器の製作や金属加工、土木などの高度な技術、および漢字や儒教を伝えた人々を何と呼びますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
渡来人
4世紀から5世紀にかけての朝鮮半島では、高句麗・百済・新羅の三つの国が勢力を争う不安定な情勢にありました。この動乱を逃れて日本に渡ってきた人々は、大和政権に仕えて特定の技術を持つ集団として組織され、それまでの日本にはなかった最新の技術や文化を広める重要な役割を果たしました。これにより、日本の生産力や政治的な組織化が大きく進みました。
山形公立高校入試(2026)類似
渡来人
Q71
4世紀から7世紀頃にかけて朝鮮半島や中国大陸から日本列島へ移住した人々は、それまでの土器とは異なる、黒っぽくて硬い「須恵器」の製作技術や、文字としての「漢字」などを伝えました。このような人々を何と呼びますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
渡来人
4世紀から7世紀にかけて、大陸の戦乱を避けるなどの理由で日本列島に移り住んだ人々は、当時の日本にはなかった高度な技術や文化を伝えました。彼らが伝えた須恵器は、高温で焼くことができる穴窯(あながま)の技術を用いたもので、それまでの赤褐色の土器よりも硬い性質を持っていました。また、漢字の伝来は、その後の大和政権による記録や行政の仕組みを支える基盤となりました。
群馬県公立高校入試(2021)類似
古代東アジアとの交流
Q72
古墳時代の日本(倭)が朝鮮半島や中国大陸の諸王朝と活発に交流していたことを示す証拠について、群馬県の綿貫観音山古墳などの出土品から読み取れる共通点として最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
朝鮮半島の高句麗や百済、新羅、加耶などの地域と共通する、銅製水瓶や馬具などの文物が確認される点
古墳時代の日本列島は、地理的に近い朝鮮半島の高句麗・百済・新羅・加耶、および中国の南朝や北朝と活発な交流を持っていました。その具体的な証拠として、群馬県の綿貫観音山古墳をはじめとする各地の古墳から、大陸や半島の影響を強く受けた「銅製水瓶」や「馬具」などの文物が共通して出土しており、当時の国際的なネットワークの広がりを示しています。
群馬公立高校入試(2026)類似
五世紀の東アジア情勢と人物埴輪
Q73
5世紀の古墳から出土する、甲冑(よろい・かぶと)を身にまとい、背中に矢を背負った武人の姿を模した土製品について、当時の社会状況を踏まえた説明として最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
人物埴輪と呼ばれ、当時の緊迫した東アジア情勢を反映した軍事文化を伝えている
古墳時代中期にあたる5世紀には、高句麗の南下による朝鮮半島の緊張状態が倭(日本)にも波及していました。古墳に副葬された武人などの人物埴輪は、当時の武具の構造を正確に伝えており、埋葬された豪族の軍事的な権威を誇示したり、死者の霊を守ったりする目的があったと考えられています。
熊本県公立高校入試(2018)類似
大仙古墳(大仙陵古墳)
Q74
5世紀頃、大阪府堺市に築かれた大仙古墳(大仙陵古墳)のような巨大な前方後円墳が造られた歴史的な背景を説明したものとして、最も適切なものを選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
「大王」と呼ばれる首長を中心とした大和政権(ヤマト王権)の権力が強大化した。
巨大な古墳の築造には、膨大な労働力と長い年月が必要です。大仙古墳のような大規模な墳墓は、近畿地方の有力な豪族を中心としたヤマト王権が、広範囲の民衆を動員し、多くの資材を集中させることができるほどの強力な政治支配力を確立していたことを裏付けています。
岡山公立高校入試(2019)類似
漢字
Q75
古墳時代の日本列島において、大陸から移住した渡来人が果たした役割と、彼らがもたらした文化的影響について述べた文として正しいものを次の中から選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
漢字を伝えることで、ヤマト政権における外交や記録、財政などの実務を支えた。
渡来人は文字(漢字)の知識だけでなく、養蚕、機織り、土木技術、須恵器の製作など、当時の日本にはなかった高度な技術を伝えました。特に漢字を用いた文書作成能力は、ヤマト政権(大和朝廷)が組織を運営し、大陸の諸国と外交交渉を行う上で欠かせないものとなりました。鉄砲は16世紀、稲作や青銅器は弥生時代以前に伝わったものであり、時期や内容が異なります。
長崎県公立高校入試(2018)類似
須恵器
Q76
古墳時代に普及した「須恵器」の製作方法や特徴に関する説明として、最も適切なものはどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
密閉された穴窯などを用いて高温で焼かれ、硬く灰色をしている。
須恵器は朝鮮半島の技術に基づき、山の斜面などを利用した穴窯の中で、空気を制限しながら高温で焼き上げられます。この過程で化学反応(還元炎焼成)が起きるため、土器の色が灰色になります。これに対し、同時に使われていた土師器は、弥生土器の流れを汲む伝統的な野焼きの手法で作られていました。
高知公立高校入試(2016)類似
大王
Q77
埼玉県の稲荷山古墳から出土した鉄剣には、当時のヤマト政権(ヤマト王権)の支配者の呼び名が刻まれています。この鉄剣の銘文に見られる、当時の最高権力者の称号として正しいものを選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
大王
古墳時代のヤマト政権において、最高権力者は「大王(おおきみ)」と呼ばれていました。埼玉県の稲荷山古墳から出土した鉄剣には「ワカタケル大王」の名が刻まれており、この称号が当時の支配者を表していたことを示しています。「天皇」という称号が公式に使われ始めたのは、7世紀後半の天武天皇・持統天皇の時代からであると考えられています。
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倭の五王の遣使
Q78
ヤマト王権の王たちが「倭の五王」として中国の南朝へ繰り返し使節を送り、当時の国際社会において自らの地位を誇示しようとした主な背景と目的として、最も適切な説明はどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
朝鮮半島における軍事的な指揮権を中国の皇帝に認めさせ、外交を有利に進めるため
5世紀の東アジアでは、朝鮮半島の高句麗、百済、新羅などが勢力を争っていました。ヤマト王権は、中国の皇帝から「安東大将軍」といった軍事的な指揮権を含む称号を授かることで、朝鮮半島南部における自国の影響力を国際的に正当化しようとしました。これは、当時の日本が朝鮮半島の鉄資源や先進技術を確保するために、外交的な優位性を必要としていたという背景に基づいています。
熊本県公立高校入試(2024)類似
大王(おおきみ)
Q79
4世紀ごろ、近畿地方の有力な豪族たちが中心となって組織した大和政権において、各地の豪族を従えていた最高権力者の称号は、当時何と呼ばれていましたか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
大王(おおきみ)
古墳時代の大和政権(ヤマト王権)において、近畿地方を中心とした支配を広げた最高権力者は「大王」と呼ばれました。この称号は、7世紀後半ごろから「天皇」という言葉が定着するまで、中国の王朝との外交や国内の統治において用いられました。将軍や執権は武家政権の役職であり、時代の異なる用語です。
鳥取公立高校入試(2017)類似
倭王の中国への遣使
Q80
5世紀頃、日本の王たちが中国の皇帝に使節を送った背景や目的として、最も適切な説明はどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
中国の皇帝から地位の承認を得ることで、朝鮮半島での軍事的外交関係を有利に進めたり、高度な技術を導入して統治を強固にするため。
5世紀の「倭の五王」は、中国の南朝へ繰り返し使節を派遣しました。当時の倭王は、朝鮮半島における軍事的な指揮権を含む称号を中国の皇帝から授かることで、国際的な地位を確立し、周辺諸国との外交を有利に進める狙いがありました。また、これに伴い鉄製武器の製造技術や須恵器などの新しい技術を大陸から導入し、国内の支配力を高めていきました。
東京都公立高校入試(2020)類似
大仙陵古墳(仁徳天皇陵古墳)
Q81
2019年に「百舌鳥・古市古墳群」の一部として世界文化遺産に登録された大仙陵古墳(仁徳天皇陵古墳)について、その形状と発見された遺物の組み合わせとして適切なものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
形状:前方後円墳、遺物:人や動物の形をした埴輪
大仙陵古墳は、円形と方形を組み合わせた日本最大の前方後円墳です。この古墳からは、円筒埴輪だけでなく、当時の衣服や武具の様子を知る手がかりとなる家・人間・動物などをかたどった「形象埴輪」が発見されています。銅鐸は主に弥生時代の祭祀に使われたものであり、仏像は後の飛鳥時代以降に本格的に伝来したものであるため、古墳時代の特徴としては埴輪が最も適切です。
愛知公立高校入試(2017)類似
大和政権の勢力拡大
Q82
5世紀頃、大和政権は近畿地方から遠く離れた地域まで勢力を拡大しました。各地の有力者の墓(古墳)から、当時の王の名称が刻まれた鉄剣や鉄刀が発見されている事実は、当時の政治体制についてどのようなことを示していますか。その説明として最も適切なものを選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
大和政権の権力が、九州から関東に及ぶ広い地域の有力者に及んでいたこと
大和政権は、軍事力や外交力を背景に地方の首長たちと主従関係を結び、自身の統治体制に組み込んでいきました。有力者の墓から出土した銘文入りの鉄剣などは、地方首長が大和政権に従う代わりに、その土地の支配権を保証されたという政治的な結びつきを証明するものです。これにより、当時の日本列島において広域的な政治連合が形成されていたことがわかります。
神奈川県公立高校入試(2016)類似
前方後円墳の広がり
Q83
5世紀ごろに大和政権の政治的影響力が日本各地に及んだことを示す、近畿地方を起点に全国へ普及した円形と方形を組み合わせた形状の古墳を何と呼ぶか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
前方後円墳
前方後円墳は、円形と方形を連結させた日本独自の形状を持つ古墳です。5世紀にはその築造が最盛期を迎え、近畿地方から離れた地域でもこの形式が採用されたことは、各地の豪族が大和政権の支配体系に組み込まれていった過程を物語っています。
鹿児島県公立高校入試(2023)類似
渡来人
Q84
大和政権の時代、大陸から移住してきた渡来人がもたらした技術や文化について述べたものとして、最も適切なものはどれか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
金属を精錬する技術や、高温で焼いて作る硬い土器である須恵器の製作技術
渡来人は専門的な技術を持った集団として、大和政権下で重用されました。彼らが伝えた須恵器は、それまでの弥生土器や古墳時代の土師器(はじき)とは異なり、穴窯を用いて1000度以上の高温で焼成された青灰色の硬い土器です。また、鉄製品の加工や農具の改善なども行われ、日本の農業や生活様式に劇的な変化を与えました。
徳島公立高校入試(2017)類似
渡来人
Q85
4世紀から7世紀頃にかけて、朝鮮半島や中国大陸から日本列島へ移住し、鉄器の製作、須恵器の生産、さらには漢字や仏教などの高度な技術や文化を伝えた人々を何と呼ぶか、最も適切なものを選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
渡来人
4世紀以降、大陸での戦乱などを背景に、朝鮮半島や中国大陸から優れた技術や知識を持つ人々が日本列島へ移り住みました。彼らは金属加工や土木技術、機織りなどの実用的な技術だけでなく、漢字や儒教、仏教といった学問・宗教も伝え、古代日本の文化や政治の発展に大きな役割を果たしました。
和歌山公立高校入試(2026)類似
大王
Q86
3世紀後半から奈良盆地を中心に成立したヤマト政権において、各地の有力な豪族を従えて中心となった指導者が当時名乗っていた称号として、適切なものはどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
大王
ヤマト政権の首長は「大王(おおきみ)」と呼ばれていました。「天皇」という称号が正式に使われ始めるのは7世紀後半の天武天皇・持統天皇の時代からであるとされており、それ以前の古墳時代における指導者の呼称としては「大王」が適切です。
熊本県公立高校入試(2020)類似
百済
Q87
4世紀ごろから大和政権と密接な関係を築き、朝鮮半島の南西部に位置していた国を何といいますか。この国は、五経博士による儒教の伝達や、日本への仏教公伝など、大陸文化を日本へ伝える窓口としての役割を果たしました。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
百済
朝鮮半島の南西部に位置した百済は、半島の主導権争いの中で大和政権と友好関係を深めました。この交流を通じて、漢字、儒教、仏教といった高度な大陸文化が日本に導入され、日本の古代国家の形成に大きな影響を与えました。
長崎県公立高校入試(2018)類似
前方後円墳
Q88
3世紀後半から古墳時代にかけて造られた、円形の後円部と方形(四角形)の前方部を組み合わせた、上空から見ると鍵穴のような形をしている古墳の名称を答えなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
前方後円墳
古墳時代を代表する墓の形式であり、円形と方形を組み合わせた独特の形状が特徴です。当時の有力者の権力の大きさを示す象徴として、近畿地方を中心に全国各地へ広がりました。
大阪公立高校入試(2024)類似
稲荷山古墳出土の鉄剣
Q89
埼玉県にある稲荷山古墳から出土した鉄剣には、金象嵌(きんぞうがん)によってある人物の名前が刻まれていました。この鉄剣に記されていた大王の名として正しいものを選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
ワカタケル大王
埼玉県行田市の稲荷山古墳から出土した鉄剣には、115文字の漢字が刻まれており、その中に「獲加多支鹵(ワカタケル)大王」という名が見られます。この大王は、中国の歴史書に記された「倭王武」や、『日本書紀』に登場する雄略天皇にあたると考えられています。
愛媛公立高校入試(2023)類似
須恵器
Q90
古墳時代から飛鳥時代にかけて、大陸からの渡来人が伝えた新しい技術によって製作されるようになった「須恵器」について、その特徴や背景を説明したものとして最も適切なものを選択してください。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
穴窯(あながま)を用いて高温で焼成された、硬質で灰色の土器である。
須恵器は、5世紀頃(倭王が中国に使いを送っていた時期)に朝鮮半島から渡来した人々によって製作技術が伝えられました。それまでの日本で見られた、野焼きによる赤褐色の土器(縄文土器・弥生土器・土師器)とは異なり、斜面を利用した「穴窯」を使い、1000度以上の高温で蒸し焼きにする技術が用いられています。これにより、非常に硬く、水の漏れにくい灰色の仕上がりとなるのが特徴です。
佐賀公立高校入試(2020)類似
前方後円墳
Q91
3世紀後半から6世紀にかけて、近畿地方だけでなく九州から東北南部までの広い範囲で、同じ「前方後円墳」という形式の古墳が作られた理由として、最も適切なものはどれか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
ヤマト政権を中心とする政治的な結びつきが、各地の豪族との間に広がったため。
特定の形状(前方後円墳)が広まったことは、地方の豪族がヤマト政権の支配体制や同盟関係に組み込まれたことを示しています。古墳の形や規模を共有することで、政権内での身分や序列を明確にする役割もありました。
熊本県公立高校入試(2018)類似
大仙古墳(大仙陵古墳)
Q92
大阪府堺市に位置する、全長約486mにおよぶ日本最大の前方後円墳の名称として正しいものを、次の中から選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大仙古墳
5世紀頃に築造されたこの墳墓は、当時の近畿地方を中心とした勢力のリーダーである「大王(おおきみ)」の墓と考えられています。前方後円墳とは、円形と方形を組み合わせた日本独自の形状を持つ古墳であり、百舌鳥古墳群の中でも最大の規模を誇ります。
滋賀公立高校入試(2024)類似
朝鮮半島の三国抗争
Q93
滋賀県の古保利古墳群のように、この時期に築造された前方後円墳などの古墳文化は、当時の東アジア情勢と深く関わっています。4世紀末から5世紀にかけての、日本(倭)と朝鮮半島諸国との関係についての説明として正しいものを次から選びなさい。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
高句麗の好太王(広開土王)の碑文には、倭が海を渡って百済や新羅を破り、高句麗と戦ったことが記されている
当時の日本(倭)は、鉄資源の確保や先進文化の導入を求めて朝鮮半島南部への進出を図りました。高句麗にある好太王碑には、南下政策を進める高句麗と、百済や加羅を支援して戦った倭の軍勢についての記録が残されており、当時の激しい抗争の様子を裏付けています。
新潟県公立高校入試(2023)類似
渡来人
Q94
古墳時代の日本において、朝鮮半島から伝えられた技術によって作られるようになった、高温で焼成される灰色の硬い土器を何と言いますか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
須恵器
それまでの日本で作られていた赤褐色の土師器(はじき)とは異なり、朝鮮半島から伝わった「あな窯」を用いて1000度以上の高温で焼き上げる製法が特徴です。この技術は渡来人によってもたらされ、貯蔵用や儀式用の器として広く普及しました。
香川公立高校入試(2020)類似
大和政権の南朝外交
Q95
5世紀頃、大和政権の王(倭の五王)が中国の南朝へ繰り返し使者を送った主な目的として、最も適切な説明はどれか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
朝鮮半島南部における軍事的な指揮権を認めさせ、鉄資源の確保などの面で他国より優位に立つため。
5世紀の大和政権は、国内での支配力を強めるとともに、大陸から伝来する鉄資源を安定して確保しようとしていました。そのために中国の南朝(宋など)へ朝貢を行い、朝鮮半島南部における軍事的な指揮権や政治的な地位を正式に認めさせることで、周辺諸国に対して有利な立場を得ようとした背景があります。
茨城県公立高校入試(2022)類似
大和政権
Q96
世界の歴史において、7世紀初頭にムハンマドがイスラム教を創始した時期、日本において行われていた政治体制や社会状況として正しいものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大王を中心として近畿地方の豪族で構成された大和政権による統治が行われていた。
7世紀初頭の日本は、聖徳太子(厩戸王)が推古天皇を助けて政治を行っていた時期にあたり、政治組織としては大和政権の段階にあります。同時期の世界では中東でイスラム教が誕生しています。他の選択肢について、金印の授与は1世紀、邪馬台国の女王である卑弥呼の活躍は3世紀、平城京への遷都は8世紀(710年)であり、それぞれの時期が異なります。
大阪公立高校入試(2021)類似
稲荷山古墳出土鉄剣
Q97
埼玉県の稲荷山古墳から出土した、表面に「獲加多支鹵大王(ワカタケル大王)」という文字が金色の象嵌で刻まれた遺物について、その名称として正しいものを選んでください。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
鉄剣
稲荷山古墳から出土したこの鉄剣には、115文字に及ぶ漢字が刻まれており、当時の政治状況や文字の使用状況を知る一級の史料となっています。刻まれた「獲加多支鹵大王」は、日本書紀や古事記に登場する雄略天皇を指すと考えられています。
茨城県公立高校入試(2024)類似
大仙古墳の所在地
Q98
日本最大級の規模を誇る前方後円墳である大仙古墳(大山古墳)が位置する場所として正しいものはどれですか。日本全国をいくつかの地域に分けた際、現在の大阪府堺市が含まれる地方の名称を選択しなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
近畿地方
5世紀頃、現在の大阪府や奈良県などを含む近畿地方を中心に、巨大な前方後円墳が数多く造られました。大仙古墳は、当時の大和政権(ヤマト王権)の首長である大王の権力を象徴するものであり、現在の大阪府堺市に位置しています。
三重公立高校入試(2024)類似
ヤマト王権と南朝
Q99
5世紀のヤマト王権の有力者たちは、当時の中国において、政治的な正当性や朝鮮半島での軍事的な立場を認めてもらうために使者を派遣しました。このとき、ヤマト王権が朝貢を行った中国の王朝の総称として正しいものを選択してください。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
南朝
5世紀の中国は、華北を支配する北朝と、江南を支配する南朝に分かれて対立していました。地理的に南に位置する王朝と交流しやすかったヤマト王権は、南朝の諸王朝へ「倭の五王」と呼ばれる王たちが相次いで使者を送り、朝貢を行いました。
沖縄公立高校入試(2025)類似
古代日本の中国王朝への朝貢
Q100
5世紀、ヤマト王権の「倭の五王」は中国の南朝(宋など)に繰り返し使者を送りました。中国側の歴史書『宋書』倭国伝に記されている、彼らが朝貢を通じて中国皇帝に認めてもらおうとした地位や権限とはどのようなものですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
日本国内の支配権に加え、朝鮮半島南部における軍事的な指揮権
5世紀になると、ヤマト王権の王たちは「倭の五王(讃・珍・済・興・武)」として中国の南朝に朝貢しました。彼らの主な目的は、日本国内の統一的な支配権を国際的に認めさせることだけでなく、当時進出を図っていた朝鮮半島南部における外交・軍事的な優位性を確保し、その立場を中国皇帝に正当化してもらうことにありました。
佐賀公立高校入試(2020)類似
前方後円墳
Q101
航空写真などの上空からの視点で見ると、前方部が方形(四角形)、後方部が円形をしており、全体として巨大な鍵穴のような形状をしている日本独自の古墳の名称として適切なものはどれか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
前方後円墳
3世紀後半から6世紀にかけて、ヤマト政権の勢力下にあった地域で築かれた日本独自の形式です。大阪府の大仙古墳(伝仁徳天皇陵)に代表されるように、大規模なものは当時の有力者の権力を象徴しています。
三重公立高校入試(2020)類似
大仙古墳(仁徳天皇陵古墳)
Q102
日本列島の主要な地域を、九州北部、大阪付近、関東の内陸部、四国南東部の4地点に分けたとき、日本最大の前方後円墳である大仙古墳(仁徳天皇陵古墳)が位置する場所として最も適切なものはどれか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
大阪付近
大仙古墳(仁徳天皇陵古墳)は、大阪府堺市にある百舌鳥古墳群を構成する古墳の一つです。5世紀の日本において、近畿地方に拠点を置いたヤマト政権(大和朝廷)の大王が、各地の豪族を従えるほどの強大な権力を確立していたことを示す重要な史跡です。
愛知公立高校入試(2023)類似
大和政権の影響拡大
Q103
徳島県と香川県を結ぶ道路の建設予定地周辺など、四国地方においても複数の「前方後円墳」を含む古墳群が確認されています。このように、近畿地方を拠点とする勢力が採用した墓の形式が全国各地へ広まった事実は、当時の政治状況についてどのようなことを示していますか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
近畿地方を拠点とする大和政権の政治的な影響力が、地方へと及んでいたこと
古墳時代、近畿地方に拠点を置いた大和政権(ヤマト王権)は、各地の豪族と政治的な同盟を結んだり、支配下に置いたりすることで勢力を拡大しました。前方後円墳という特定の形式の古墳が各地に築かれたことは、その地域の豪族が大和政権の支配体制や序列に組み込まれたことを象徴しています。多賀城は奈良時代の東北経営の拠点であり、国風文化は平安時代の中期に発達した文化であるため、古墳時代の出来事とは異なります。
秋田公立高校入試(2025)類似
大和政権
Q104
大和政権の性格について、それ以前の弥生時代の社会状況と比較した説明として、最もふさわしいものはどれか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
近畿地方の豪族が中心となり、各地の有力な勢力と連合することで広域的な政治支配をめざした。
大和政権は、近畿地方の有力豪族が連合して形成された政治組織です。これは、小国が独立して割拠していた弥生時代の状態や、単一の強力な王が全国を直接支配する形態とは異なります。複数の有力な勢力が「連合」という形で結びつくことで、大規模な土木作業が必要な古墳の築造や、対外的な交渉が可能になるほどの広域的な統治体制を整えていったことが大きな特徴です。選択肢にある銅鐸の祭祀や『魏志』倭人伝の記述は、大和政権が成立する以前の弥生時代の特色を指しています。
埼玉県公立高校入試(2025)類似
中国皇帝による高い地位の授与
Q105
5世紀の倭の王が、中国の歴史書である『宋書』倭国伝において「高句麗が道をふさぎ、邪魔をしています」と皇帝に訴え、「安東大将軍」などの高い称号を得ようとした主な目的として最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
朝鮮半島における軍事的な指揮権を中国の皇帝に認めさせ、国際的な優位に立つため
5世紀、いわゆる「倭の五王」は中国の南朝(宋など)に使者を送り、皇帝から「将軍号」などの称号を授けられました。これは国内での支配権を固めるだけでなく、当時対立していた高句麗に対抗するため、朝鮮半島における軍事的な指揮権を国際的に認めさせ、外交上の軍事的優位を確保する狙いがありました。
新潟県公立高校入試(2023)類似
渡来人
Q106
4世紀から6世紀ごろにかけて、朝鮮半島や中国大陸から日本列島へ移り住み、当時の日本に欠けていた高度な技術や文化を伝えた人々を何と呼びますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
渡来人
朝鮮半島での戦乱を逃れるため、あるいは大和政権による招きに応じて日本列島にやってきた人々です。彼らは養蚕、機織り、金属加工、土木技術のほか、漢字や儒教、仏教といった学問や宗教も伝え、古代日本の国家形成に大きな影響を与えました。
和歌山公立高校入試(2020)類似
ワカタケル大王(雄略天皇)の勢力圏
Q107
古墳時代中期(5世紀後半)におけるヤマト政権(大和政権)の勢力圏の広がりを説明する記述として、最も正しいものはどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
関東地方の稲荷山古墳と九州地方の江田船山古墳から出土した鉄剣・鉄刀に共通の王の名が見られることから、支配が九州から関東まで及んでいたと判断できる。
ヤマト政権の支配範囲が拡大したことを示す考古学的な証拠は、文字が刻まれた金属器の出土です。埼玉県の稲荷山古墳から出土した金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)と、熊本県の江田船山古墳から出土した銀象嵌銘大刀(ぎんぞうがんめいたち)には、ともに「ワカタケル大王」という名が刻まれていました。これは、地方の有力者がヤマト政権の大王に仕えていたことを示しており、当時の政権の勢力が九州から関東まで及んでいた確かな根拠となります。
神奈川県公立高校入試(2023)類似
前方後円墳
Q108
大阪府堺市に位置する大山古墳(仁徳天皇陵)について、その特徴を地形図から読み取った場合の説明として最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
円形の後円部と方形の前方部を組み合わせた鍵穴のような形状の墳丘が、三重の濠に囲まれて配置されている。
古墳時代中期を代表する大山古墳(仁徳天皇陵)は、前方後円墳という日本独自の形式を持つ巨大な古墳です。地形図上では等高線によってその独特な「鍵穴型」が描かれ、さらに墳丘を保護するように三重の濠が巡らされていることが確認できます。また、周囲には「倍塚(ばいづか)」と呼ばれる、被葬者の親族や家臣を葬ったとされる小規模な古墳が点在しているのも、この地域の歴史的景観の大きな特徴です。
高知公立高校入試(2026)類似
渡来人の流入と技術伝来
Q109
西ローマ帝国が滅亡した476年ごろから、遣隋使が派遣される607年ごろまでの期間における、日本列島と周辺地域の交流の様子を説明したものとして最も適切なものはどれか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
朝鮮半島の戦乱を避けて移住してきた人々が、養蚕や機織り、文字などの技術を伝えた。
この時期、朝鮮半島での戦乱を背景に多くの人々が日本列島へ渡り、大和政権の国づくりに協力しました。彼らが伝えた技術は、灌漑施設などの大規模な土木工事や鉄器の製作、機織りなど多岐にわたり、古代日本の社会構造を大きく変える要因となりました。選択肢にある倭寇(海賊行為)は中世以降、朝鮮通信使(公式使節)は江戸時代の出来事であり、時代背景が異なります。
新潟県公立高校入試(2023)類似
渡来人
Q110
大和政権が朝鮮半島や中国大陸から移り住んだ人々を厚遇し、積極的に組織へ組み込んだ理由として、最も適切な説明はどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
大陸の優れた土木技術、金属加工、文字の知識などを取り入れ、政権の支配力を強めるため
大和政権は、渡来人が持つ先進的な技術(鉄器製作、灌漑などの土木、織物)や知識(漢字による記録、儒教、仏教)を独占・管理することで、他の有力豪族に対して優位に立とうとしました。これらの技術は、巨大古墳の造営や農地の拡大、組織的な統治に欠かせないものでした。
和歌山公立高校入試(2014)類似
大和政権の勢力範囲
Q111
5世紀の日本において、大和政権が広範囲を支配していたことを示す証拠として、埼玉県の稲荷山古墳から出土した鉄剣があります。この鉄剣には表面に金象嵌(きんぞうがん)で文字が刻まれており、そこに見られる、当時の大和政権の王を指す名称として正しいものを選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
ワカタケル大王
埼玉県の稲荷山古墳から出土した鉄剣には、金象嵌によって「獲加多支鹵(ワカタケル)大王」の名が刻まれています。この王は『日本書紀』や『古事記』に登場する雄略天皇にあたると考えられており、5世紀ごろの大和政権の強力な支配力を示す重要な史料となっています。
島根公立高校入試(2021)類似
渡来人
Q112
4世紀から7世紀頃、多くの人々が大陸から日本列島へ移住した歴史的背景と、その後の影響についての説明として最も適切なものはどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
朝鮮半島の動乱を逃れた人々や、大陸の先進技術を必要とした大和政権に招かれた人々が、漢字や仏教などを伝えた。
当時の朝鮮半島は高句麗・百済・新羅が勢力を争う激動期にありました。戦乱を避ける目的や、高度な文化・技術を吸収したい大和政権の要請によって移住が促進され、伝えられた文化は後の飛鳥文化などの発展に大きく寄与しました。
大阪公立高校入試(2024)類似
稲荷山古墳出土の鉄剣
Q113
埼玉県の稲荷山古墳から「ワカタケル大王」の名が刻まれた鉄剣が出土し、また熊本県の江田船山古墳からも同じ大王の名が刻まれた大刀が出土しました。これらの史料から推測できる、5世紀後半の日本列島の状況として最も適切な説明を選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
ヤマト政権の政治的な支配力が、関東地方から九州地方まで及んでいた。
遠く離れた関東(埼玉県)と九州(熊本県)の両地域から、同一の大王の名を刻んだ刀剣が見つかったことは、当時のヤマト政権が広範囲の豪族を服属させ、統治下に置いていたことを示す重要な歴史的証拠となっています。単なる交易の証拠ではなく、地方の豪族が大王に仕えていたという政治的な背景を裏付けています。
島根公立高校入試(2025)類似
前方後円墳
Q114
島根県内の古墳調査において、鍵穴のような形をした古墳が存在する一方で、長方形を二つ繋ぎ合わせたような形状を持つ古墳や、単純な円形の古墳も確認されています。この「長方形を二つ繋ぎ合わせたような形状」を持つ古墳の形式として正しい名称を選びなさい。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
前方後方墳
古墳時代には、最も代表的な前方後円墳のほかに、地域や時期によって様々な形状の古墳が造られました。前方後方墳は、その名の通り前部も後部も方形(四角形)で構成されており、島根県の造山1号墳や山代二子塚古墳などがその例です。このような形状の違いは、当時の地域勢力の独自性や大和政権との関係性を反映していると考えられています。
富山県公立高校入試(2016)類似
古墳の副葬品(三角縁神獣鏡)
Q115
古墳時代の展示において、当時の有力者の墓である古墳の内部に納められた「副葬品」が紹介されています。これらの中で、被葬者の権力や権威を示すとともに、当時の中国大陸との活発な交流を裏付ける代表的な資料として、最も適切なものはどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大陸との外交関係や支配者の権威を示すために墓に納められた、三角縁神獣鏡などの銅鏡
古墳時代、古墳に葬られた有力者は自らの権力を示すために、大陸由来の貴重な品々を副葬品として墓の中に納めました。特に三角縁神獣鏡などの銅鏡は、中国の王朝とのつながりや、それを入手できる大和政権との政治的な結びつきを示す重要な象徴でした。埴輪は古墳の表面や周囲に立て並べられるものであり、内部に埋葬される副葬品とは区別して理解する必要があります。
大分県公立高校入試(2018)類似
前方後円墳
Q116
3世紀後半から6世紀にかけて、日本各地の有力な豪族の墓として築かれた古墳のうち、上空から見ると円形と方形(四角形)を組み合わせた鍵穴のような形をしている、日本独自の形式を何と呼びますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
前方後円墳
3世紀後半の大和地方を中心に現れたこの形式は、円形の後円部と方形の前方部が合体した形状が特徴です。資料などで全長100mを超えるような大規模な古墳として紹介されるものの多くはこの形式であり、当時の王や有力な豪族の権威を象徴するものでした。
富山県公立高校入試(2019)類似
前方後円墳
Q117
4世紀から5世紀にかけて、近畿地方を中心に誕生した「前方が方形で後方が円形」という特徴を持つ巨大な墳墓が、九州から東北地方まで広く分布するようになった歴史的背景について述べたものとして、最も適切な説明を選択してください。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
ヤマト王権の支配力や政治的な影響力が、近畿地方から日本各地へと拡大したため
同一形式の巨大な墳墓が広範囲に分布している事実は、中央のヤマト王権と地方の豪族との間に、身分秩序を伴う政治的な結びつきがあったことを示しています。ヤマト王権が各地の豪族を自らの支配体制に組み込んでいく過程で、王権の権威の象徴であるこの形式の古墳が各地で築かれるようになりました。
千葉県公立高校入試(2017)類似
須恵器
Q118
古墳時代の中期ごろ、朝鮮半島から伝えられた技術によってつくられるようになった、高温の窯で焼かれた硬質の灰色の土器を何といいますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
須恵器
須恵器は、古墳時代に朝鮮半島から渡来した技術者によって伝えられました。従来の日本で見られた野焼きの土器とは異なり、斜面を利用した「穴窯」を用いることで1000度以上の高温で焼き上げることが可能となり、硬くて水を通しにくい性質を持っています。
山形公立高校入試(2026)類似
渡来人
Q119
4世紀から7世紀頃、大陸から日本列島へ移住した人々が大和政権の成長や社会の発展に与えた影響として、最も適切な説明はどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
須恵器の製作技術や漢字、仏教などを伝え、政権の組織づくりや文化の発展に大きく貢献した。
移住した人々は、須恵器の製作、金属器の加工、養蚕、織物といった実用的な技術だけでなく、漢字や仏教、儒教といった学問や宗教も伝えました。これらの知識や技術は、大和政権が国内を統治するための公文書作成や、国家としての権威を高めるための寺院建築などに活用され、古代日本の国家形成において不可欠な役割を果たしました。なお、稲作の伝来は弥生時代、防人の制度は7世紀後半の白村江の戦い以降に本格化したものです。
大阪公立高校入試(2017)類似
稲荷山古墳
Q120
埼玉県にある稲荷山古墳からは、表面に文字が刻まれた金錯銘鉄剣が出土しました。この鉄剣に刻まれている「ワカタケル大王」という人物は、当時の中国の歴史書に記されている「倭の五王」のうちの誰を指すとされていますか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
武(ぶ)
稲荷山古墳から出土した鉄剣に記された「獲加多支鹵大王(ワカタケル大王)」は、中国の歴史書『宋書』倭国伝に登場する倭王「武」と同一人物であると考えられています。武は、日本の記紀に登場する雄略天皇にあたるとされています。
三重公立高校入試(2024)類似
埴輪
Q121
5世紀のヤマト王権の王たちが中国の皇帝に使節を送り、国内の支配権を認めさせていた時期の文化について述べた文として、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
古墳の頂上や周囲に埴輪が並べられ、王の権威の高さや葬儀の様子を表現した。
5世紀は「倭の五王」が中国の南朝へ使いを送り、政治的な地位を確立しようとした時代です。この時期の古墳には、円筒埴輪だけでなく、家、武器、人物などをかたどった形象埴輪が並べられ、葬られた者の権威や儀式の様子を示す役割を果たしていました。土偶は縄文時代、銅鐸は弥生時代、寺院建立は飛鳥時代以降の特徴であるため、混同に注意が必要です。
山口公立高校入試(2024)類似
ヤマト王権の地方支配
Q122
4世紀末から5世紀の山口県の古墳から出土した銅鏡の記述など、瀬戸内海の航路の要所に位置する地域から王権に関連する品々が見つかることがあります。この事実から推測される、当時のヤマト王権の地方支配のあり方として正しいものはどれですか。
★★★ 標準
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
海上交通の要所に位置する豪族と連携し、物流や情報のルートを確保しようとした
ヤマト王権が全国的な影響力を強めるためには、朝鮮半島や中国大陸との外交、あるいは国内の物資輸送に欠かせない海上交通路を掌握することが不可欠でした。山口県のように瀬戸内海沿岸の重要な地点を治める豪族に対し、権威の象徴である銅鏡を与えることで味方につけ、安定した航路の確保と地方への影響力行使を両立させていたと考えられます。なお、卑弥呼の時代は3世紀であり、この問題が扱う4〜5世紀とは時代が異なります。
東京都公立高校入試(2020)類似
大仙陵古墳(仁徳天皇陵古墳)
Q123
5世紀中頃に造られた日本最大の面積を誇る大仙陵古墳(仁徳天皇陵古墳)の所在地について、日本列島を4つの地域に分けたとき、この古墳が位置する場所を説明したものとして最も適切なものはどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
百舌鳥・古市古墳群が広がる、近畿地方(大阪府付近)
大仙陵古墳は、現在の大阪府堺市に位置しています。この地域には巨大な古墳が集中しており、2019年には「百舌鳥・古市古墳群」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。岩手県の平泉や、静岡県の富士山、鹿児島県の屋久島もそれぞれ世界遺産に登録されていますが、古墳時代を象徴するこの巨大古墳は近畿地方に築かれました。
香川公立高校入試(2020)類似
大和政権の南朝外交
Q124
世界文化遺産に登録された百舌鳥・古市古墳群には、5世紀頃に造られた日本最大の前方後円墳である大仙古墳が含まれている。このような巨大な古墳が築かれた時代の外交の特徴として、適切なものはどれか。
★ やさしい
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
中国の南朝へ使者を送り、自らの地位を認めてもらう活動を行った。
大仙古墳に代表される巨大な前方後円墳が造られた5世紀は、大和政権の王(倭王)が自らの権威を内外に示すために、中国の南朝へ朝貢した時期と重なります。この時期の外交は、朝鮮半島での軍事的な立場を強化し、鉄器の材料となる鉄資源の供給源を確保することが大きな目的の一つでした。
岡山公立高校入試(2023)類似
渡来人
Q125
古墳時代から奈良時代にかけて、朝鮮半島や中国大陸から日本列島へ移り住み、当時の日本に新しい文化や技術を伝えた人々を何と呼びますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
渡来人
朝鮮半島での戦乱などを背景に、多くの人々が日本列島へ移住しました。彼らは、ため池を作る土木技術や金属加工、機織りなどの実習的な技術だけでなく、漢字や儒教、仏教などの思想や文化も日本に伝え、日本の社会や国家の形成に大きな役割を果たしました。
群馬県公立高校入試(2021)類似
須恵器
Q126
古墳時代、朝鮮半島から伝えられた技術を用いて作られた土器があります。斜面を利用した穴窯(あながま)の中で、1000度以上の高温で焼き締められた、灰色で硬質な特徴を持つ土器の名称を答えなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
須恵器
古墳時代には朝鮮半島から渡来人によって新しい製作技術が伝えられました。それまでの日本列島で伝統的につくられてきた、野焼きで赤褐色の土師器に対し、須恵器は密閉された窯を用いて高温で焼成されるため、灰色で非常に硬い仕上がりになります。この技術革新により、より実用的で堅牢な容器の生産が可能になりました。
岡山公立高校入試(2015)類似
埴輪と大王
Q127
5世紀ごろ、現在の大阪府や奈良県を中心とした勢力であるヤマト王権が、九州から関東地方に至る広い範囲に影響力を及ぼしていたことが、各地の出土品から判明しています。埼玉県にある稲荷山古墳から出土した鉄剣には、当時のヤマト王権の首長を指すどのような称号が刻まれていましたか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
大王
5世紀後半のヤマト王権(大和朝廷)の首長は「大王(おおきみ)」と呼ばれていました。埼玉県の稲荷山古墳や熊本県の江田船山古墳から出土した鉄剣・鉄刀には、「ワカタケル大王」などの銘文が刻まれており、近畿地方を中心とするヤマト王権の支配が、既に関東から九州まで及んでいたことを示す重要な歴史的証拠となっています。
沖縄公立高校入試(2026)類似
前方後円墳
Q128
3世紀後半から6世紀にかけて、北は東北地方から南は九州地方まで、日本列島の広範囲にわたって鍵穴のような独特な形をした巨大な墓が築造されました。このような墓が各地に共通して造られた背景として、当時の政治状況を説明したものとして最も適切なものはどれですか。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
ヤマト王権に従った各地の豪族が、王権との結びつきを周囲に示すとともに、自らの権力を誇示するために築造を認められた。
前方後円墳という特定の形状が日本各地に広がった事実は、当時のヤマト王権を中心とした政治的な連合が広範囲に及んでいたことを示しています。各地の有力な豪族は、ヤマト王権の支配体制に組み込まれることで、その象徴である前方後円墳を築く許可を得て、自身の支配権を正当化しました。渡来人の技術は築造に関わっていますが、目的は公共事業ではありません。また、古墳は住居ではなく墓であり、仏教伝来以前の文化です。
長崎県公立高校入試(2018)類似
前方後円墳
Q129
大阪府堺市に位置し、三重の堀に囲まれた巨大な鍵穴のような形状を持つ、日本最大級の面積を誇る古墳の名称として正しいものを選びなさい。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
大仙(大仙陵)古墳
堺市にあるこの古墳は、仁徳天皇の墓とも伝えられている日本最大の前方後円墳です。三重の堀に囲まれたその巨大な規模は、当時の大王(おおきみ)が持っていた強大な権力を物語っています。
岡山公立高校入試(2022)類似
古墳
Q130
法隆寺などの寺院が建立され始めた時期、日本の歴史的背景における建築物の変遷について説明した文として最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
仏教の伝来にともない、それまで権威の象徴であった有力者の巨大な墓に代わって、寺院が建立されるようになった。
古墳時代から飛鳥時代にかけて、支配者の権力を誇示する方法に大きな変化が生じました。大陸から伝わった仏教を政治に取り入れる動きが強まる中で、それまでの伝統的な古墳(墓)に代わり、高度な技術を用いた寺院を建立することが有力者の新たな権威の象徴となりました。法隆寺などの建立はこの歴史的な流れを反映しています。
鹿児島県公立高校入試(2021)類似
前方後円墳
Q131
近畿地方を中心に現れた、一方が四角形で他方が円形をした鍵穴のような形の古墳が、時代とともに全国各地(東北南部から九州)へと広がっていった事実は、当時の政治状況についてどのようなことを示していますか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
大和政権(ヤマト王権)の勢力や政治的な影響力が、地方にまで拡大したこと
各地の有力者が大和政権と同じ形式の古墳を築くことは、その有力者が大和政権と政治的な結びつき(同盟や服属)を持っていたことを意味します。このため、前方後円墳の分布範囲を調査することで、当時の大和政権の影響力がどこまで及んでいたかを推測することができます。
三重公立高校入試(2016)類似
稲荷山古墳
Q132
日本の関東地方、現在の埼玉県に位置する前方後円墳からは、115文字の銘文が刻まれた金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)が出土しています。この鉄剣に記された「ワカタケル大王」という名は、当時のヤマト政権の首長を指すとされています。この鉄剣が出土した古墳の名称として正しいものを選んでください。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
稲荷山古墳
埼玉県にある稲荷山古墳から出土した鉄剣には、雄略天皇(大泊瀬幼武尊)を指すとされる「ワカタケル大王」の銘文が刻まれていました。これは、5世紀後半のヤマト政権の支配力が関東地方にまで及んでいたことを示す決定的な証拠となっています。熊本県の江田船山古墳から出土した鉄刀にも同様の名が見られ、支配の広がりを裏付けています。
群馬公立高校入試(2024)類似
仏教の伝来
Q133
古墳時代の大和政権において、朝鮮半島や中国から渡来した人々(渡来人)が果たした役割や、彼らがもたらした文化的な影響について述べた文として正しいものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大和政権で外交や財政管理に従事し、仏教などの新しい文化や技術を伝えた
朝鮮半島や中国から日本に移り住んだ渡来人は、当時の先進的な知識を持っていたため、大和政権において外交文書の作成や財政の記録・管理といった重要な実務を担いました。彼らを通じて、6世紀の百済からの仏教伝来に代表されるような、大陸の新しい学問、宗教、技術が日本に定着し、国家の仕組みが整えられていきました。
佐賀公立高校入試(2020)類似
前方後円墳
Q134
世界文化遺産にも登録されている、大阪府の「百舌鳥・古市古墳群」について述べた文として、正しいものはどれか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
日本最大の面積を誇る大仙古墳(大山古墳)など、巨大な前方後円墳が含まれている。
百舌鳥・古市古墳群は、現在の大阪府堺市、羽曳野市、藤井寺市に広がる古墳群です。4世紀後半から5世紀後半にかけて、当時の王権(ヤマト政権)の王たちの墓として築かれました。
高知公立高校入試(2023)類似
須恵器
Q135
大陸から漢字、儒教、仏教などが伝えられた時期の日本において、新たに生産が始まった須恵器の特徴とその背景について述べた説明として、正しいものはどれか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
朝鮮半島から来た渡来人が技術を伝え、山の斜面を利用した「登り窯」で高温で焼成された。
須恵器の生産は、大陸からの高度な技術移転の象徴です。それまでの土器が赤褐色で比較的脆かったのに対し、熱効率の良い「登り窯」を使用することで酸素を制限した還元炎焼成が可能となり、硬質の青灰色の土器が誕生しました。同時期には文字(漢字)の使用や学問(儒教)も伝えられており、大陸との交流が当時の社会制度や技術を大きく発展させたことがわかります。選択肢にある「千歯こき」は江戸時代の農具であり、時代が異なります。
愛媛公立高校入試(2019)類似
ワカタケル大王
Q136
中国の歴史書である『宋書』倭国伝には、5世紀に倭(日本)の王が南朝へ使いを送った「倭の五王」の記録があります。このうち、国内の稲荷山古墳(埼玉県)から出土した鉄剣の銘文に記された「ワカタケル大王」と同一人物であると考えられている王の名称として正しいものを選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
倭王 武
中国の南朝に朝貢した「倭の五王」のうち、最後に登場する「武」は、稲荷山古墳の鉄剣銘文にある「ワカタケル(獲加多支鹵)大王」と同一人物であるとする説が有力です。当時の倭の王は、朝鮮半島での軍事的な指揮権などを認めてもらうため、中国の皇帝から称号を得ようと外交交渉を行っていました。
岡山公立高校入試(2022)類似
古墳
Q137
仏教が伝来し寺院が建立されるようになる以前の時代、各地の有力者が自らの権威を示すために築いた、土を高く盛り上げた巨大な墓を何といいますか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
古墳
古墳時代、各地の有力者(豪族)は土を高く盛り上げた巨大な「古墳」を築くことで、その勢力を誇示しました。しかし、飛鳥時代に仏教が伝来して寺院が建立されるようになると、有力者の権威を象徴する対象は古墳から寺院へと変化し、巨大な古墳は次第に造られなくなっていきました。
千葉県公立高校入試(2015)類似
渡来人による技術・文化の伝来
Q138
古墳時代の中期から後期にかけて、大陸から伝わった技術や思想が当時の日本に与えた影響について述べた文として、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
穴窯を用いた高温焼成による須恵器の製作や、儒教・仏教といった新しい思想が導入された。
渡来人によってもたらされた技術は多岐にわたります。実生活では、灰色の硬い土器である「須恵器」が作られるようになり、精神面や政治面では、国家の統治原理にもつながる「儒教」や、後に鎮護国家の思想へと発展する「仏教」が伝えられました。他の選択肢にある「かな文字」や「古今和歌集」は平安時代、「青銅器の祭器化」は主に弥生時代、「日本書紀」の完成は奈良時代の出来事であり、時期や内容が異なります。
高知公立高校入試(2016)類似
大王
Q139
埼玉県の稲荷山古墳から「大王」という称号が刻まれた鉄剣が出土した事実は、当時のヤマト政権の支配状況についてどのようなことを示していますか。最も適切な説明を選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
近畿地方を中心とする政権の勢力が、関東地方にまで及んでいたこと
埼玉県の稲荷山古墳から「大王」の名が記された鉄剣が見つかったことや、熊本県の江翁山古墳からも同様の銘文を持つ鉄刀が見つかっていることは、ヤマト政権の政治的な影響力が九州から関東までの広い範囲に及んでいたことを証明する重要な資料となっています。これは、各地の有力な豪族がヤマト政権の支配下に組み込まれていった過程を物語っています。
大分県公立高校入試(2018)類似
前方後円墳
Q140
古墳時代において、特定の地域に限定されず、全国各地で大規模な前方後円墳が築造されたという事実は、当時の政治状況についてどのようなことを示していますか。最も適切な説明を選びなさい。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
大和政権を中心とした政治的な連合や服属関係が、各地の豪族との間に結ばれていたこと。
前方後円墳という日本独自の特定の形式が列島の広い範囲に普及したことは、それらの地域が「大和政権」を中心とする政治秩序の中に組み込まれていたことを意味します。共通の墓の形を採用することは、大和の王との結びつきを周囲に示す重要な手段でもありました。
岡山公立高校入試(2015)類似
埴輪と大王
Q141
ヤマト王権が巨大な前方後円墳を築き、その周囲に武装した人物の像などの埴輪を並べたり、鉄剣に首長の称号を刻んだりした歴史的な背景として、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
各地の豪族に対して、王権の強大な軍事力や政治的な支配力を示すため
古墳の巨大化や、武人などをかたどった埴輪の設置、そして「大王」という称号を刻んだ鉄剣を配ることは、ヤマト王権の優れた技術力や軍事的な権威を内外に示す目的がありました。これにより、各地の有力な豪族を自らの支配下に組み込み、連合政権としての基盤を固めていきました。
滋賀公立高校入試(2024)類似
朝鮮半島の三国抗争
Q142
朝鮮半島における高句麗、百済、新羅の三国抗争期において、日本(倭)の動向や影響について説明した文として最も適切なものを次から選びなさい。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
朝鮮半島からの渡来人が、須恵器の製作技術や漢字、儒教などを日本に伝えた
朝鮮半島の緊張状態を背景に、多くの人々が技術や文化を携えて日本列島へ渡ってきました。彼らは「渡来人」と呼ばれ、土木技術、機織り、金属器の加工、さらには漢字や儒教といった高度な文化を伝え、ヤマト政権の発展に大きく貢献しました。
山口公立高校入試(2024)類似
ヤマト王権の地方支配
Q143
4世紀末から5世紀頃、ヤマト王権は大和地方を中心に勢力を拡大しましたが、その過程で地方の有力な豪族に対し、権力の象徴である銅鏡などを与える政策をとりました。この行為の主な目的として、当時の政治状況から考えて最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
地方豪族との政治的な結びつきを強め、自身の支配下に置くため
ヤマト王権は、近畿地方を拠点として各地の有力な豪族を従属させることで勢力を広げました。王権から豪族へ銅鏡などの貴重な品を分け与える行為は、王権への服従を誓わせる対価として、その地域での支配権を公式に認めるという意味合いを持っていました。これにより、武力による制圧だけでなく、政治的な主従関係による連合体のような支配体制を築いていきました。
沖縄公立高校入試(2025)類似
古代日本の中国王朝への朝貢
Q144
紀元1世紀から17世紀までの東アジアにおける日本の対外関係をまとめた年表において、最も古い時期に記される「後漢への朝貢」に関連する問いです。当時の倭の奴国の王が中国の皇帝から授かったとされる、現在の福岡県志賀島で出土した品物はどれですか。
★ やさしい
具体例
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
「漢委奴国王」と刻まれた金印
紀元1世紀(西暦57年)、倭の奴国の王は中国の後漢へ使者を送り、光武帝から金印を授けられました。これは、当時の日本の小国が中国の皇帝に朝貢することで、自らの支配の正当性を認めさせようとした初期の事例です。この金印には「漢委奴国王」と刻まれており、江戸時代に志賀島で発見されました。
和歌山公立高校入試(2016)類似
三国時代(中国)
Q145
3世紀ごろの中国大陸では、複数の勢力が対立して覇権を争っていました。この時期、日本の邪馬台国の女王である卑弥呼が使いを送り、「親魏倭王」の称号を授かったとされる国が含まれる時代の名称を選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
💡 答えを確認
✅ 正解
三国時代
3世紀の中国大陸では、魏、呉、蜀の三つの国が並び立ち、互いに勢力を争っていました。この時期を三国時代と呼び、日本の邪馬台国の女王・卑弥呼は、その中の一つである「魏」に使いを送り、金印や銅鏡を授かることで自らの権威を高めようとしました。
長崎県公立高校入試(2019)類似
大王
Q146
5世紀後半の大和政権において、最高権力者が名乗った称号は何ですか。埼玉県の稲荷山古墳から出土した金錯銘鉄剣に、「獲加多支鹵」という人名に続けて刻まれている名称を答えなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大王
5世紀の大和政権の盟主は「大王(おおきみ)」と呼ばれていました。埼玉県の稲荷山古墳から出土した鉄剣には、雄略天皇にあたるとされる「獲加多支鹵(ワカタケル)」の名とともにこの称号が刻まれており、当時の政治体制を示す貴重な史料となっています。天皇という称号が使われ始めるのは、さらに後の7世紀後半(飛鳥時代)になってからです。
和歌山公立高校入試(2020)類似
ワカタケル大王(雄略天皇)の勢力圏
Q147
5世紀後半、現在の埼玉県にある稲荷山古墳と熊本県にある江田船山古墳から、金象嵌(きんぞうがん)で文字が刻まれた鉄剣や鉄刀が出土しました。これらの出土品に共通して刻まれていた人物の名と、そこから推測される当時のヤマト政権(大和政権)の状況として適切なものはどれですか。
★★ 基本
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
ワカタケル大王の名が刻まれており、ヤマト政権の勢力が九州北部から関東地方まで及んでいたことがわかる。
埼玉県の稲荷山古墳と熊本県の江田船山古墳という、遠く離れた二つの地域から同一の王である「ワカタケル大王(雄略天皇)」の名を記した文字資料が出土したことは、当時の歴史を知る上で極めて重要です。この事実は、5世紀後半にはヤマト政権の政治的な支配力が、九州北部から関東地方にまで及ぶ広大なものになっていたことを裏付けています。この大王は、中国の歴史書『宋書』倭国伝に登場する「倭の五王」の一人である「武」と同一人物であると考えられています。
群馬公立高校入試(2024)類似
仏教の伝来
Q148
6世紀の古墳時代に、朝鮮半島の百済から日本へ仏教が公式に伝えられた際、経典や仏像とともに日本へ同時にもたらされたものとして最も適切なものはどれですか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
寺院建築や彫刻などの高度な技術
百済から仏教が伝来した際、単に宗教的な教え(経典)や崇拝対象(仏像)が届いただけでなく、それらを安置するための寺院を建てる建築技術や、仏像を造るための彫刻技術といった、当時の大陸や朝鮮半島の高度な技術がセットで導入されました。これにより、その後の日本の文化や技術は大きく発展することになりました。
東京都公立高校入試(2020)類似
大仙陵古墳(仁徳天皇陵古墳)
Q149
大仙陵古墳(仁徳天皇陵古墳)のような巨大な古墳が築かれた背景や、その特徴について述べた文として、正しいものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
墳丘の周囲には三重の堀が巡らされており、王の強大な権力を誇示する目的があったと考えられる。
古墳時代中期に造られた大仙陵古墳は、鍵穴のような形をした日本独自の「前方後円墳」であり、周囲には三重の堀が巡らされています。このような大規模な土木工事を伴う古墳の建設は、当時の大和政権の王が、膨大な労働力を動員できるほどの強い権力を持っていたことを視覚的に示す役割がありました。なお、古墳に並べられたのは埴輪であり、縄文時代の土偶とは区別されます。
富山県公立高校入試(2016)類似
古墳の副葬品(三角縁神獣鏡)
Q150
古墳時代の前期において、同じ鋳型(いがた)で作られた「三角縁神獣鏡」などの銅鏡が、遠く離れた各地の有力者の古墳から共通して発見されています。このような現象は、当時の日本(倭)におけるどのような政治的状況を物語っていますか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大和政権が、支配下に入った各地の有力者に対して支配や同盟の証として鏡を配付した状況
同じ型から作られた鏡が広範囲で見つかることは、中央の大和政権が中国から入手、あるいは国内で製造した鏡を、自らの権威を認めた地方の有力者に分け与えたことを示唆しています。これにより、大和政権を中心とした政治的な連合や支配体制が、近畿地方から遠隔地へと広がっていった背景を読み取ることができます。
鳥取公立高校入試(2020)類似
倭王の朝鮮半島外交と鉄資源
Q151
古代の日本において、ヤマト政権が朝鮮半島諸国との外交や軍事活動を通じて、他勢力に対し優位に立つために最も獲得を重視した資源はどれか。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
武器や農具の材料となる鉄
当時の日本列島では鉄の原料を十分に自給できず、朝鮮半島からの供給に依存していました。鉄は強力な武器を作るだけでなく、開墾や土木作業に不可欠な農具の材料でもあったため、鉄を安定確保することは、軍事力と農業生産力の両面において政権の基盤を固めるために極めて重要でした。
熊本県公立高校入試(2020)類似
百済
Q152
古代の日本と朝鮮半島の国々との関係について、百済が大和政権に与えた影響を説明したものとして、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
大和政権と結びつき、仏教や儒教などの大陸文化を伝える窓口となった
百済は朝鮮半島における軍事的緊張の中で大和政権と結びつき、その見返りとして先進的な技術や文化を日本へ伝えました。特に6世紀の聖明王による仏教の伝来は、その後の飛鳥文化の発展につながる歴史的な転換点となりました。他の選択肢にある半島統一は新羅の役割であり、金印の授与は中国の王朝との関係です。
山口公立高校入試(2024)類似
倭の五王による中国南朝への朝貢
Q153
5世紀、ヤマト王権の首長たちは「倭の五王」として中国の南朝へ使者を派遣し、朝貢を行いました。この外交活動の主な目的を説明した文として、最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
朝鮮半島での軍事的な優位性や鉄資源の確保に加え、国内での政治的地位を認めてもらうため
5世紀のヤマト王権にとって、武具や農具の材料となる鉄資源の確保は極めて重要でした。そのため、鉄の供給源である朝鮮半島南部での軍事的な影響力を強化することや、中国の皇帝から称号を授かることで、国内の有力な豪族たちに対して自らの王権の正当性を示すことが、この外交活動の大きな目的となっていました。
滋賀公立高校入試(2024)類似
朝鮮半島の三国抗争
Q154
日本の古墳時代にあたる4世紀から6世紀ごろ、朝鮮半島では3つの国家が互いに勢力を競い合っていました。この3つの国家の組み合わせとして正しいものを次から選びなさい。
★ やさしい
基礎
正答率 —
🔥 類題3問
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✅ 正解
高句麗・百済・新羅
朝鮮半島では、北部の高句麗、南西部の百済、南東部の新羅の3校が対立し、抗争を繰り返していました。この情勢は当時の日本(倭)の外交や技術導入にも大きな影響を与え、日本は主に百済や加羅(加耶)の地域と結びついて行動していました。
群馬公立高校入試(2026)類似
五世紀の東アジア情勢と人物埴輪
Q155
5世紀の朝鮮半島の情勢において、北部に位置する強大な高句麗が南下政策を進める中、倭(日本)と活発に交流を持ち、共同の利害関係にあった朝鮮半島南部の国々の組み合わせとして適切なものはどれですか。
★ やさしい
具体例
正答率 —
🔥 類題2問
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✅ 正解
百済・新羅
5世紀の東アジアでは、朝鮮半島北部の高句麗が勢力を拡大していました。これに対抗するために、半島の南部に位置した百済や新羅は倭(日本)と結びつきを強め、軍事的な衝突や技術・文化の交流が行われました。この国際関係は、当時の倭王が中国の南朝に朝貢した理由の一つにもなっています。
岡山公立高校入試(2023)類似
渡来人
Q156
古墳が作られていた時代に、中国大陸や朝鮮半島から移り住んできた人々が果たした役割について、技術や文化の面から説明したものとして最も適切なものはどれですか。
★★ 基本
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
須恵器の製作技術や金属加工、漢字、仏教などの高度な文化・技術を伝えた。
渡来人は当時の日本にはなかった高度な技術を多数持っていました。硬くて灰色の土器である「須恵器」の製作、養蚕や機織り、金属の加工といった生産技術のほか、漢字や儒教、仏教などの文字や宗教も彼らを通じて伝えられました。これにより、日本の政治や生活様式は大きく変化しました。
大阪公立高校入試(2021)類似
稲荷山古墳出土鉄剣
Q157
埼玉県にある稲荷山古墳から出土した鉄剣には「獲加多支鹵大王」という称号が刻まれています。これと同様の称号が記された鉄刀が熊本県の江田船山古墳からも出土していることから推測できる、5世紀後半の日本の政治状況として最も適切な説明を選んでください。
★★★ 標準
背景・理由
正答率 —
🔥 類題2問
💡 答えを確認
✅ 正解
大和政権(ヤマト王権)の支配力が、関東から九州におよぶ広い範囲に広がっていた。
遠く離れた埼玉県の稲荷山古墳と熊本県の江田船山古墳の両方から、同一の大王(ワカタケル大王)の名を記した遺物が出土したことは、その大王を中心とする大和政権の権威や支配力が、すでに関東から九州まで広範に及んでいたことを裏付ける有力な証拠となっています。
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